3行でいうと
- 種や個人の違いは、遺伝子の配列より、どの遺伝子が働くかの違いが大きいと述べる
- 心の持ち方や笑いが遺伝子の働きに関わりうると、著者は考える
- 精緻な遺伝暗号の背後に「サムシング・グレート」を想定する
向いている人
遺伝子の話を入り口に、生き方や心の持ち方の本を読みたい人。専門知識は要らない。
読む意味
遺伝子は固定された運命ではなく働き方が変わりうる、という見方を、研究者の体験とともに知ることができる。日本で広まったこの言い回しの原点にあたる本として読める。
読むときの注意
遺伝子の働きの調節という分子生物学の話と、感謝や前向きな心といった精神面を結びつける部分には、科学的な実証の水準を超えた著者独自の飛躍があるとの指摘がある。学術書というより、人生観を語る読み物として読まれることが多い。
どんな本か
高血圧に関わる酵素レニンの遺伝子を1983年に世界に先駆けて読み解いた分子生物学者が、1997年に書いた一般向けの本である。ヒトの遺伝子研究の最前線を紹介しながら、著者が研究を通じて至った感慨と人生観を語る。
中心にあるのは、遺伝子の「オン・オフ」という考え方である。体の細胞はどれも同じ遺伝情報を持つが、実際に働いているのはその一部で、残りの多くは休んだ状態にあるとされる。本書は、ヒトとチンパンジーの遺伝子配列の違いは数パーセントにすぎないのに姿や能力が大きく違う点を挙げ、違いを生むのは配列そのものより、どの遺伝子が働くかのパターンだと述べる。そこから、まだ眠っている遺伝子を適切な刺激や心の持ち方で目覚めさせれば、これまで出ていなかった力が引き出されるかもしれない、と論じる。
具体例として、笑いと血糖値や遺伝子の働きを調べた共同研究が紹介される。漫才を見たあとの方が血糖値の上がり方が小さかったという報告である。また著者は、遺伝暗号の精密さに驚き、人の知恵を超えた大きな力を「サムシング・グレート」と呼ぶ。特定の宗教の神とは区別するとしつつ、感謝や前向きな心、高い志が大切だと説く。
中身の柱
- 著者の歩みと、レニン遺伝子の解読をめぐる経験
- ヒトゲノム解読計画と、「解読」から「解明」へ向かう研究
- 遺伝子のオン・オフと、種や個人の違いの見方
- 笑いや心の状態が遺伝子に及ぼす影響についての研究
- サムシング・グレートと、才能を開く生き方の提言
あわせて読む本
- 遺伝子―親密なる人類史―遺伝学の歴史を客観的な通史で補える
- 二重らせんDNAの発見の経緯を別の面から知る
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概要
『生命の暗号―あなたの遺伝子が目覚めるとき―』は、1936年1月2日奈良県天理市生まれで、1958年京都大学農学部農芸化学科卒業、1963年同大学大学院博士課程修了、1968年京都大学農学部助手、1976年筑波大学応用生物化学系助教授、1978年同教授、1984年同大学遺伝子実験センター長を歴任し、高血圧の原因となる酵素をコードする「レニン遺伝子」を1983年に世界に先駆けて解読したことで知られる分子生物学者で、本書刊行後の1999年に筑波大学を定年退官し名誉教授となった村上和雄が、1997年にサンマーク出版から発表した著作である。本書は、ヒトの遺伝子研究の最先端の知見を一般読者向けに解説しながら、著者自身が長年の遺伝子研究を通じて至った「生命の設計図としてのDNAは、それ自体が偶然の産物とは考えにくいほど精緻にできている」という感慨を軸に展開される。著者はこの、人知を超えた大いなる存在を指して「サムシング・グレート」と呼び、遺伝子のすべてが常に働いているわけではなく、「オン」と「オフ」の状態を切り替えられるという知見に基づいて、心の持ち方や生き方次第で自分の中に眠っている遺伝子の力を引き出せるという、科学的知見と人生訓を融合させた独自の主張を展開する。
本の構成
本書はまず、著者自身の研究者としての歩みと、レニン遺伝子の解読競争を勝ち抜いた経験を振り返るところから始まる。続いて、ヒトゲノム解読計画の進展状況や、遺伝子の配列情報を読み取る「解読」の段階から、その意味を理解する「解明」の段階へと生命科学が移行しつつある当時の研究の最前線が紹介される。中盤では、ヒトとチンパンジーの遺伝子配列の違いがわずか数パーセントに過ぎないという知見をもとに、生物種間や個人間の違いを生み出しているのは遺伝子の配列そのものよりも、どの遺伝子が「オン」になりどの遺伝子が「オフ」になっているかという発現パターンの違いであるという中心的なテーマが展開される。終盤では、感情や心理状態、環境要因が遺伝子のオン・オフに影響を与えるという考えに基づき、笑いや前向きな心の持ち方が遺伝子に働きかける可能性についての著者自身の研究や見解が紹介され、才能を開花させる生き方についての提言で締めくくられる。
主要な内容(詳述)
本書が扱う中心的な科学的知見は、遺伝子の「オン・オフ」という考え方である。ヒトの体を構成するすべての細胞は同じ遺伝情報(ゲノム)を持っているにもかかわらず、実際にはそのうちのごく一部の遺伝子だけが特定の細胞・特定の状況下で働いており、残りの大部分は普段「オフ」の状態にあるとされる。著者は、ヒトとチンパンジーの遺伝子配列の違いがわずか数パーセント程度しかないにもかかわらず、両者の姿形や能力には大きな違いがあることを例に挙げ、種や個体の違いを生み出している本質は遺伝子配列そのものの違いというより、どの遺伝子がオンになりどの遺伝子がオフになっているかという「使われ方」のパターンの違いにあるという見方を提示する。
この遺伝子のオン・オフという枠組みを踏まえ、著者は人間の潜在的な能力の多くは、実際には眠ったままの「オフ」の状態にある遺伝子の中に眠っているのであり、適切な刺激や心の持ち方によってこれらの遺伝子をオンに切り替えることができれば、これまで発揮されていなかった能力が引き出される可能性があると論じる。この考え方は、生まれ持った遺伝的な資質を固定的なものとしてではなく、環境や心理状態との相互作用によって発現の仕方が変わりうる、ある程度可塑的なものとして捉え直す視点を提供している。
著者はまた、精緻をきわめる遺伝暗号のシステムそのものへの科学者としての驚異の念を語り、これほど複雑で秩序立った生命の設計図が単なる偶然の産物として生まれたとは考えにくいという直感から、その背後に人知を超えた大いなる意志ないし力が働いているのではないかという「サムシング・グレート」という概念を提唱する。著者はこれを特定の宗教における神と同一視するものではないと断りながらも、この大いなる存在への畏敬の念を持ち、志を高く保ち、感謝の心を持って前向きに生きることが、自分自身の中に眠る遺伝子の力を引き出す上で重要であるという、科学的知見と人生哲学を接続する独自の主張を展開している。
具体例
著者の代表的な研究成果として、1983年に世界に先駆けて成し遂げた「レニン遺伝子」の解読が紹介される。レニンは血圧の調節に関わる酵素であり、その遺伝子の構造を解明したことは、高血圧の分子メカニズムの理解や治療薬の開発につながる重要な成果として位置づけられる。また本書の主張を象徴する実験として、著者が国際科学振興財団や吉本興業と共同で行った「笑いと遺伝子」に関する研究が紹介される。糖尿病患者らを対象に、まず医学的な講義を聞かせた後に採血して血糖値の上昇を調べ、翌日には同じ被験者に漫才などのお笑いを鑑賞させた上で同様に採血して比較したところ、笑った後の方が血糖値の上昇が有意に抑えられ、平均で数十ミリグラム程度血糖値が低く抑えられたという結果が得られたことが報告される。この実験ではさらに、笑うことによって特定の複数の遺伝子が活性化する(オンになる)ことも確認されたとされ、著者はこれを、心理的な状態が遺伝子の発現に直接影響を与えることを示す科学的な証拠として位置づけている。
実践への応用
本書が読者に示す実践的な提言として、まず「遺伝子は固定された運命ではなく、心の持ち方や生活習慣によって働き方が変わりうる」という考え方を持つことで、自らの可能性を悲観的に諦めるのではなく、前向きに引き出そうとする姿勢を持つことが挙げられる。次に、笑いと血糖値・遺伝子発現の実験結果は、日常生活の中で意識的に笑いの機会を持つこと、ユーモアを大切にすることが、単なる気分転換にとどまらず身体の生理的な状態にも良い影響を与えうるという、具体的で実践しやすい健康法の科学的な裏付けとして活用できる。また、著者が提唱する「志を高く持つこと」「感謝の心を持つこと」「プラス思考で物事を捉えること」といった心構えは、科学的な厳密さの検証は分かれるところであるが、日々のモチベーション management や逆境における心の持ち方を考える上での一つの指針として参照されうる。
位置づけ・評価
本書は、専門的な分子生物学の知見を一般読者にも分かりやすく伝えつつ、そこに著者独自の人生哲学や精神性を融合させた、日本におけるポピュラーサイエンス書の中でも独特の位置を占める一冊である。刊行後、著者が提唱した「サムシング・グレート」という言葉や、遺伝子のオン・オフという考え方は、講演活動や後続の著作を通じて広く一般に浸透し、遺伝子研究という専門分野の知見を、心の持ち方や生き方についての一般向けの自己啓発的なメッセージへと橋渡しした先駆的な著作として評価されている。一方で、遺伝子の発現制御という厳密な分子生物学的現象と、感謝や前向きな心といった精神的な概念とを結びつける議論の一部については、科学的な実証の水準を超えた著者独自の思想的な飛躍を含むとの指摘もあり、本書は純粋な学術的知見の解説書としてよりも、科学者自身の探究の中から生まれた人生観を語る啓発的な読み物として読まれることが多い。