3行でいうと
- リボソームRNAの比較から、生命は三つのドメインに分けられると分かった
- ミトコンドリアなどは、かつて独立した細菌が取り込まれたものとされる
- 遺伝子は種の壁を越えて水平に伝わり、系統は網目状に描くべきだと説く
向いている人
進化や微生物、ゲノムの話に関心のある人。生物学の基本用語を少し知っていると読みやすい。
読む意味
研究者たちの人間ドラマを通して、進化の見取り図がどう書き換わってきたかが分かる。ヒトの遺伝子や病原菌の耐性化を、進化の長い歴史の中で考える視点も得られる。
読むときの注意
三ドメイン説や水平遺伝子伝播の重要性は、専門家の間では本書以前から議論されてきたテーマで、本書はそれを一般向けにまとめたものと位置づけられる。
どんな本か
サイエンスライターの著者が、ダーウィン以来の「生命は一本の樹のように枝分かれして進化した」という見方が、分子生物学によってどう書き換えられてきたかを描くノンフィクションである。
前半の主役は微生物学者カール・ウーズである。リボソームRNAの配列を比べる方法で、それまで細菌と一括りにされていた微生物の中に、細菌とも真核生物とも異なる「古細菌」という第三の系統があることを1977年に見いだし、生命を細菌・古細菌・真核生物の三つのドメインに分ける説を提唱した。この発見は学界の強い反発を招いた。中盤では、リン・マーギュリスが唱えた細胞内共生説、つまりミトコンドリアや葉緑体はかつて独立した細菌だったという説が、はじめは論文の掲載を断られながら、のちにDNA解析で裏づけられていく経緯が語られる。
本書の核心は水平遺伝子伝播である。細菌や古細菌は、親から子への継承とは別に、細胞間やウイルスを介して遺伝子をやりとりする。抗生物質への耐性が広がる背景でもあり、微生物の進化では一般的な現象だという。終盤では、ヒトのゲノムにウイルス由来の配列が多く含まれることや、胎盤に関わるシンシチン遺伝子の由来にも触れ、生命の樹を絡み合う網として描き直す必要を結論とする。
中身の柱
- ウーズのリボソームRNA研究と、古細菌・三ドメイン説の発見
- マーギュリスの細胞内共生説と、学界での受け止められ方
- 水平遺伝子伝播の仕組みと、抗生物質耐性との関わり
- ヒトのゲノムに残るウイルス由来の配列と、シンシチン遺伝子
- 「生命の樹」から「からみあう網」への見方の転換
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概要
本書は、サイエンスライターのデイヴィッド・クアメンが、ダーウィン以来「生命は一本の樹のように枝分かれしてきた」と考えられてきた進化観が、分子生物学の発展によっていかに書き換えられつつあるかを描いたノンフィクションである。物語の中心に据えられるのは、微生物学者カール・ウーズによる、リボソームRNAの塩基配列比較という新しい手法を用いた研究である。ウーズは1970年代、それまで「原核生物」として一括りにされてきた細菌の中に、実は細菌ともまったく系統の異なる「古細菌(アーキア)」という第三のドメインが存在することを発見し、生命を細菌・古細菌・真核生物という三つのドメインに分ける「三ドメイン説」を提唱した。この発見自体が学界に大きな衝撃と反発を引き起こしたが、本書が主題とするのはその先にある、さらに根本的な問題―すなわち、生命の進化は必ずしも親から子へと垂直に遺伝子が受け継がれる「樹」の形をしていたわけではなく、種の壁を越えて遺伝子が水平方向に伝播する「水平遺伝子伝播(HGT)」という現象が、生命の歴史全体にわたって広く起きていたという発見である。本書は、この水平遺伝子伝播という現象が、細菌・古細菌の進化だけでなく、真核細胞そのものの起源(細胞内共生によるミトコンドリアや葉緑体の獲得)、さらには人間のゲノムの中に組み込まれたウイルス由来の配列に至るまで、生命の歴史のいたるところに痕跡を残していることを、丹念な取材と関係者へのインタビューを通じて描き出す。
本の構成
本書は大きく三つの流れで構成される。前半部では、カール・ウーズの生涯と研究―分子時計としてのリボソームRNA解析の着想、古細菌という第三のドメインの発見、そしてこの発見が当時の生物学界にどのように(しばしば冷淡に、あるいは敵対的に)受け止められたかが、伝記的な筆致で丁寧に描かれる。中盤では、リン・マーギュリスによる細胞内共生説(ミトコンドリアや葉緑体がかつて独立した細菌であったとする説)の提唱とその受容の歴史が扱われ、細胞そのものの起源が複数の生物の融合というドラマチックな出来事であったことが示される。後半では、フォード・ドゥリトルらの研究を軸に、水平遺伝子伝播が細菌・古細菌の進化においていかに一般的な現象であるかが説明され、これによって生命の進化史を単純な「樹」の図として描くこと自体の妥当性が根本から問い直される展開となる。終盤では、この水平遺伝子伝播という視点が、ヒトゲノムの中に存在する内在性レトロウイルス配列の発見や、微生物叢(マイクロバイオーム)研究の進展とどのように結びつくかが論じられ、「生命の樹」という比喩そのものを「からみあう茂み」あるいは「網」として描き直す必要性が結論として示される。
主要な内容(詳述)
カール・ウーズと三ドメイン説
著者は、イリノイ大学の微生物学者カール・ウーズが、当時ほとんど注目されていなかったリボソームRNA(すべての生物が共通して持つ、進化速度が比較的一定な分子)の塩基配列を比較することで、生物間の系統関係を客観的・定量的に推定しようとした経緯を詳しく描く。この手法によってウーズは1977年、メタン生成菌などの一群の微生物が、それまで細菌の一種とみなされていたにもかかわらず、実際には細菌とも真核生物とも大きく異なる独自の系統(後に古細菌と呼ばれる)を形成していることを発見した。この発見は当初、既存の生物分類の枠組みを大きく揺るがすものとして激しい懐疑と反発を招いたが、著者は当時の学界の反応や、ウーズ自身の孤立しがちな性格・研究スタイルまでを含めて、この科学的発見が受容されていく過程を人間ドラマとして描いている。
細胞内共生説とリン・マーギュリスの闘い
真核細胞の中にあるミトコンドリアと葉緑体が、かつて独立して生きていた細菌が別の細胞に取り込まれ、共生関係を経て細胞小器官化したものであるとする細胞内共生説について、この説を1960年代に強力に主張したリン・マーギュリスの研究史が描かれる。マーギュリスの論文は当初、複数の主要な学術誌から掲載を拒否されるなど激しい抵抗に遭ったが、後にDNA解析によってミトコンドリアと葉緑体が独自のゲノムを持ち、その配列が特定の細菌群に近縁であることが示されたことで、この説は現代生物学の基礎的な定説として確立された経緯が説明される。
水平遺伝子伝播という第二の衝撃
本書の核心となるのが、フォード・ドゥリトルらの研究を中心に描かれる水平遺伝子伝播の発見である。細菌や古細菌は、繁殖(垂直伝播)とは別に、細胞間で直接DNAをやり取りする接合、環境中のDNA断片を取り込む形質転換、ウイルス(バクテリオファージ)を介した形質導入といった複数の経路を通じて、種の壁を越えて遺伝子をやり取りすることができる。著者は、こうした水平遺伝子伝播が、抗生物質耐性遺伝子が細菌間で急速に広がる現象の背景にあることを説明したうえで、この現象が病原菌の耐性化という応用上の問題にとどまらず、微生物の進化史全体を貫く一般的な現象であることを、ドゥリトルらの理論的研究を通じて示す。これにより、生物種間の系統関係を単純な分岐図(樹)として描くこと自体が、少なくとも微生物の世界では成り立たなくなり、系統関係はむしろ網目状(ネットワーク状)に描く必要があるという主張が展開される。
ヒトゲノムに刻まれたウイルスの痕跡
本書終盤では、ヒトゲノムの相当な割合が、過去に感染した内在性レトロウイルス由来の配列で占められているという発見が扱われる。中でも、胎盤の形成に関わるシンシチン遺伝子が、もともと哺乳類の祖先に感染したレトロウイルスの外被タンパク質遺伝子に由来し、哺乳類の進化史の中でその機能が転用されたとする研究が具体的に紹介され、ウイルス由来の水平遺伝子伝播が人類を含む哺乳類の進化そのものに大きな影響を与えてきたことが示される。
生命の樹から「からみあう生命の姿」へ
著者は本書全体を通じて、19世紀にダーウィンが『種の起源』で示した唯一の図―一本の樹のように分岐していく生命の系統図―という比喩が、20世紀後半の分子生物学の発展によっていかに修正を迫られてきたかを描く。特に微生物の世界においては、垂直方向の系統関係(親から子への継承)と水平方向の遺伝子のやり取りが複雑に絡み合っており、生命の歴史全体を理解するには、単純な樹形図ではなく、より複雑に絡み合った網目状の図(タイトルにある「からみあう系統樹」)を思い描く必要があるというのが、本書全体を貫く結論である。
具体例
- カール・ウーズが1977年に発見したメタン生成菌の一群が、細菌とも真核生物とも異なる第三のドメイン(古細菌)を構成することが明らかになった経緯が、三ドメイン説を裏付ける中心的な具体例として詳述される。
- ミトコンドリアと葉緑体が、それぞれ独自の環状DNA(細菌に類似したゲノム)を持つことが、細胞内共生説を裏付ける決定的な証拠として紹介される。
- 抗生物質耐性遺伝子が、接合やウイルスを介して異なる種の細菌間で急速に伝播する現象が、水平遺伝子伝播の医学的に重要な具体例として扱われる。
- 胎盤哺乳類に共通して見られるシンシチン遺伝子が、祖先に感染したレトロウイルスの外被タンパク質遺伝子に由来し、胎盤の合胞体栄養膜の形成に転用されているという発見が、ウイルス由来の水平遺伝子伝播が哺乳類の進化に寄与した具体例として詳しく紹介される。
- ヒトゲノムの相当な割合(著者は複数の推定値を紹介している)が、過去のウイルス感染に由来する配列で占められているという事実が、水平遺伝子伝播がヒトという種の成立自体に関わってきたことを示す具体例として言及される。
実践への応用
本書で扱われる知見は、いくつかの実務的・理論的な応用と結びつく。第一に、公衆衛生・医療の分野では、水平遺伝子伝播が抗生物質耐性菌の出現・拡散の主要な機構であるという理解が、耐性菌対策や抗生物質の適正使用を考えるうえでの基礎的な理論的背景を与える。第二に、進化生物学・系統分類学の分野では、生物の系統関係を推定する際に、単純な分岐図(樹)だけでなく、水平遺伝子伝播を組み込んだネットワーク型の系統推定手法(系統ネットワーク解析)を用いる必要性が示唆され、実際にゲノム解析技術の発展とともにこうした手法が普及してきた経緯とも重なる。第三に、遺伝子工学・合成生物学の分野では、水平遺伝子伝播の自然のメカニズム(接合やウイルスベクターなど)の理解が、遺伝子導入技術やゲノム編集技術の基盤となる知見を提供している。第四に、より一般的な科学史・科学コミュニケーションの観点からは、カール・ウーズやリン・マーギュリスの事例が、科学界の定説に反する発見がどのように(しばしば大きな抵抗を経て)受容されていくかというプロセスを理解するための具体的な事例研究として参照される。
位置づけ・評価
著者のデイヴィッド・クアメンは『スピルオーバー』などの感染症ノンフィクションで知られるサイエンスライターであり、本書は2018年の原著刊行後、優れた科学ノンフィクションに贈られる複数の賞の候補となるなど高い評価を受けた。本書の意義は、専門家の間ではすでに広く認識されていた「三ドメイン説」や「水平遺伝子伝播」といった分子生物学上の重要な転換点を、カール・ウーズやリン・マーギュリスといった研究者個人の人間ドラマとして一般読者に分かりやすく伝えた点にあるとされる。分子系統学の分野では、水平遺伝子伝播の重要性は本書刊行以前から専門家の間で議論されてきたテーマであるが、本書はこれを一般向けに体系的にまとめた数少ない著作として、進化生物学・微生物学を扱う書評メディアでしばしば参照される。あわせて、生命の進化史を単純な樹形図ではなく、より複雑な網目状の構造として捉え直すべきだという主張は、その後の系統ゲノム学における「生命の網(ネットワーク・オブ・ライフ)」という概念の一般への普及にも一定の影響を与えたとされている。