3行でいうと

  • バージェス頁岩の化石には、現生の動物門に収まらない多様な体の設計があった
  • 最初に設計の幅が広がり、後に大半が絶滅で刈り込まれたとする見方を示す
  • 生命の歴史のテープを巻き戻せば、結果は大きく違っていたかもしれない

向いている人

進化論の基本を知っていて、化石と学説の論争に興味がある人に向きます。科学史の読み物が好きな人にも合います。

読む意味

進化の見方を、必然の進歩から偶然の積み重ねへと問い直せます。書評は、成功や失敗を必然として語りがちな見方を見直す視点としても読めると述べています。

読むときの注意

書評によれば、カンブリア紀の設計の多様性が後より大きかったという主張は、その後の研究で一部修正されました。サイモン・コンウェイ=モリスを含む多くの古生物学者が、バージェス動物群は現生の仲間の祖先側のグループに位置づけられるとして反論しており、論争は今も続いています。

どんな本か

本書は、古生物学者スティーヴン・ジェイ・グールドが1989年に書いた、進化の偶発性(偶然が歴史を左右すること)についての科学読み物です。題材は、カナダのロッキー山脈にある約5億500万年前の地層、バージェス頁岩の化石です。1909年に発見したチャールズ・ウォルコットは、軟らかい部分まで保存された化石の多くを、単純なものから複雑なものへ進むという当時の進化観に沿って、既存の動物の仲間に押し込めて分類していました。

1970年代以降、ハリー・ウィッティントンらケンブリッジ大学のチームが化石を調べ直すと、オパビニアやアノマロカリスなど、どの現生の動物門にも当てはまらない生物が次々に正体を現します。グールドは、種の数の多さを指す多様性と、体の基本設計(ボディプラン)の違いの大きさを指すディスパリティを区別し、カンブリア紀の直後は設計の幅がむしろ大きく、その後に大半が絶滅して今の姿になったと論じます。時間とともに多様性が徐々に増えるという直線的な見方を覆す主張です。

そこから導かれるのが、地球の歴史を巻き戻してもう一度再生すれば、人類どころか脊椎動物すら現れないかもしれないという思考実験です。進化を下等から高等への進歩とみなす見方や、人類を頂点とみなす見方への批判であり、科学者が時代の先入観に左右されることを描く科学史の物語でもあります。

中身の柱

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概要

『ワンダフル・ライフ』は、古生物学者・進化生物学者スティーヴン・ジェイ・グールドが1989年に発表した著作であり、カナダのロッキー山脈に露出する約5億500万年前(カンブリア紀中期)の地層「バージェス頁岩」から発見された驚異的に多様な化石動物群を題材に、生物進化における「偶発性(コンティンジェンシー)」の重要性を説いた科学ノンフィクションの傑作である。バージェス頁岩は1909年にアメリカの古生物学者チャールズ・ウォルコットによって発見され、軟体部まで驚くほど精緻に保存された化石を大量に含む「化石の宝庫」として知られていたが、ウォルコット自身はヴィクトリア朝的な進化観(単純なものから複雑なものへ、既知の動物群の系統に沿って直線的に進化するという発想)にとらわれ、発見した奇妙な化石の大半を無理やり既存の動物門(節足動物門など)に押し込めて分類してしまった。1970年代以降、ハリー・ウィッティントン、デレク・ブリッグス、サイモン・コンウェイ=モリスらケンブリッジ大学の研究チームがこれらの化石を徹底的に再検討した結果、多くがどの現生動物門にも当てはまらない、はるかに多様な体制(ボディプラン)を持つ生物であったことが判明した。グールドはこの再分類の科学史的ドラマを詳細に描きながら、カンブリア爆発における動物の「門(もん)」レベルの多様性が、その後の地質時代よりもむしろ高かった可能性を提示し、進化の歴史が予測可能な必然のプロセスではなく、偶然の要素に大きく左右される「やり直しのきかない一回限りの歴史」であることを主張する。

本の構成

本書は大きく2部構成的な性格を持つ。前半部分は、1909年のウォルコットによるバージェス頁岩の発見の経緯、彼が化石をいかに当時の主流の進化観(単純から複雑への直線的な進化、現生動物門への収まりの良い分類)に沿って解釈し、多くの「奇妙な」形態を無理に既存の分類群に押し込めたかという科学史的な物語が、詳細な検証とともに描かれる。中盤では、1960年代末から1970年代にかけて、ケンブリッジ大学のハリー・ウィッティントンが率いる研究チーム(デレク・ブリッグス、サイモン・コンウェイ=モリスら)がバージェス頁岩の化石を一つ一つ丹念に再記載していく過程が、いわば謎解きのドラマとして描かれ、その過程で「オパビニア」「アノマロカリス」「ハルキゲニア」といった、既存のどの動物門にも当てはまらない奇妙な生物が次々と正体を現していく様子が詳述される。後半では、こうした再分類の結果として浮かび上がった「カンブリア爆発における体制の多様性(ディスパリティ)は、その後の5億年間よりもむしろカンブリア紀のほうが大きかったのではないか」という衝撃的な仮説が展開され、最終章ではこの発見が持つ進化論・科学哲学的な含意、すなわち「生命の歴史のテープを巻き戻してもう一度再生したら、今とは全く異なる結果になるだろう」という有名な思考実験を通じて、進化の偶発性というテーマが総括される。

主要な内容(詳述)

グールドの中心的な論点は「多様性(ダイバーシティ)」と「不均一性・体制の隔たり(ディスパリティ)」という2つの概念の峻別にある。多様性とは種や属の「数」の多さを指すのに対し、ディスパリティとは生物が取りうる根本的な身体設計(ボディプラン)の隔たりの大きさを指す。ウォルコットの再分類前の解釈では、バージェス頁岩の生物は既存の節足動物門などに分類されていたため種の数は多くても、ディスパリティ(門レベルの違い)は現代とさほど変わらないように見えた。しかしウィッティントンらの再検討により、バージェス頁岩には現生のどの動物門の系統関係にも収まらない、独自の体制を持つ生物(オパビニアの5つの目と長い鼻状の突起、ハルキゲニアの奇妙な脚と背棘の配置、アノマロカリスの巨大な捕食性付属肢を持つ独立した動物としての正体)が多数含まれていたことが判明し、カンブリア爆発直後には、その後絶滅して現代には存在しない多くの「基本設計」が試みられていたことが明らかになった。つまりグールドの主張は、進化の歴史において「体制の多様化」がまず爆発的に生じ、その後の5億年でその大部分が絶滅により刈り込まれ、生き残った少数の系統がさらに種数を増やして今日の多様性を形成した、という「最初に枝分かれの幅が広がり、後で枝が刈り取られる」パターンであり、従来の「時間とともに徐々に多様性が増加していく」という直線的なイメージを覆すものである。

この知見からグールドが導く最も重要な哲学的含意が「偶発性」の議論である。もしカンブリア爆発時に生存した多数の「実験的な」ボディプランのうち、どれが生き残りどれが絶滅するかが、その後の進化的な優劣によってではなく、大量絶滅などの偶然の環境変動によって大きく左右されたのだとすれば、現在の生物界(そして人類を含む脊椎動物という系統が繁栄していること)は、進化の必然的な帰結ではなく、歴史の偶然の産物だということになる。グールドはこれを「生命のテープを巻き戻す(replaying life's tape)」という有名な思考実験で表現する。もし地球の歴史を5億年前まで巻き戻し、わずかに異なる初期条件でもう一度「再生」したなら、どの系統が生き残るかは全く異なる結果になり、知的生命体はおろか脊椎動物すら出現しない可能性が十分にあると論じる。この主張は、進化を「単純なものから複雑なものへ、下等なものから高等なものへの進歩」とみなす通俗的な進歩史観、そして人類の出現を進化の必然的な頂点とみなす人間中心主義的な見方への根本的な批判となっている。グールドはまた、科学的発見のプロセス自体が、客観的な観察だけでなく、その時代の支配的なパラダイムや先入観(ウォルコットのヴィクトリア朝的進歩史観)によっていかに大きく方向づけられるかという、科学史・科学哲学的な考察も本書を通じて展開している。

具体例

「アノマロカリス」は本書で最も劇的に描かれる発見のエピソードである。当初、その口器の部分は「クラゲ」として、体の一部は「エビ」として、付属肢の部分はさらに別の「ナマコのような生物」として、それぞれ独立した3種類の異なる生物として別々に記載されていたが、後の研究によってこれらが実は一つの巨大な捕食性動物(体長最大1メートルにも達したとされるカンブリア紀最大級の捕食者)の異なる部位であったことが判明するという、いわば「パズルのピースが偶然揃う」ドラマティックな再発見の物語として詳述される。「ハルキゲニア」は当初、背中から生える棘を歩行脚と誤認して天地逆さまに復元されるという誤りが長く定説となっていたことで知られ、後の研究(中国澄江の化石群との比較を含む)によって正しい向きと、実際の脚の位置が特定された例として言及される。「オパビニア」は5つの眼と、先端に爪を持つホース状の吻(ふん)という奇怪な特徴を持ち、初めて学会で復元図が発表された際に聴衆から笑いが起きたという逸話とともに紹介され、既存の分類の枠組みに全く当てはまらない生物の代表例として扱われる。

実践への応用

『ワンダフル・ライフ』が提示する「偶発性」という視点は、自然史を超えて、個人のキャリアや組織・社会の歴史を振り返る際の有用な思考の枠組みを与える。人生や事業の成功を振り返るとき、それを必然的で合理的な結果として物語化しがちであるが、グールドの「生命のテープを巻き戻す」思考実験に倣い、「もしあの偶然の出会いや、あの時期の外部環境がわずかに違っていたら、今とは全く異なる結果になっていたのではないか」と問い直すことは、成功や失敗を過度に個人の実力や必然性に帰属させる「後知恵バイアス」を修正する訓練になる。また、多様性(数の多さ)とディスパリティ(根本的な違いの大きさ)を区別する視点は、組織のダイバーシティ施策や創造的なチーム編成において、単に人数や属性の多様さだけでなく、発想やアプローチの根本的な違いの幅をどう確保するかという、より本質的な問いを立てる助けになる。さらに、ウォルコットが自らの先入観によって化石を誤って分類し続けたエピソードは、専門家であっても既存の枠組みに囚われて新しい証拠を見誤る危険性を示す教訓として、自分自身の先入観や業界の「常識」を疑い、証拠に基づいて謙虚に解釈を修正し続ける知的誠実さの重要性を教えてくれる。

位置づけ・評価

『ワンダフル・ライフ』は1990年の全米図書批評家協会賞を受賞し、恐竜以外の古生物学的テーマを扱った書籍としては異例のベストセラーとなり、一般読者の間でバージェス頁岩とカンブリア爆発への関心を大きく高めた。本書が提示した「カンブリア爆発における体制の多様性はその後よりも大きかった」という主張は、その後の研究(特に分子系統学の進展)によって一部修正され、多くの古生物学者(サイモン・コンウェイ=モリス自身を含む)からは、バージェス動物群の多くは実際にはグールドが主張したほど現生の動物門とかけ離れてはおらず、既知の系統群の「幹群(ステムグループ)」に位置づけられるとする反論が提示されており、この論争は今日でも進化古生物学における重要な議論の一つであり続けている。それでもなお、進化の歴史における偶発性の重要性、そして「歴史は再現可能な実験ではなく一回限りの物語である」という視点は、進化生物学のみならず歴史学・社会科学における「もしも(反実仮想)」の思考法にも影響を与えており、グールド自身の代表作の一つとして高く評価されている。