3行でいうと

  • 脳の能力は、実際に発揮される力より身体の限界の方が先に来る。
  • 大脳皮質の役割分担は固定ではなく、身体や環境に応じて自己組織化する。
  • 私たちは世界をそのまま見るのではなく、脳が世界を作り出している。
  • 記憶のあいまいさは欠点ではなく、柔軟な判断を支える土台でもある。

向いている人

脳科学を初めて学ぶ人、中高生から大人まで。専門書に進む前の橋渡しとして向きます。

読む意味

難しい分野を対話で理解でき、脳に関する複数のテーマを広く見渡せます。意識や記憶を巡る未解決の問いも含め、専門書に進む手前の入口になります。

どんな本か

脳研究者の著者が、ニューヨークで高校生に行った講義をもとに、脳の仕組みを対話形式でやさしく解説した一冊です。人の脳は身体の能力をはるかに超える潜在力をもつのに、その一部しか使いこなせていない「進化しすぎた」存在だという視点から、脳と身体、意識の関係を掘り下げます。専門的な大脳生理学を高校生にも伝わる言葉と比喩で語る点が特徴で、著者は、最新の内容には真偽の定まらないものも含まれると断ったうえで、研究の最前線の議論をあえて持ち込んでいます。

全5章の流れでは、まず脳の潜在力が身体の構造に制限されているという逆転の視点を示し、ラットの脳に電極を埋め込み、思考だけでレバーを操作させる「ラジコンネズミ」の実験を紹介します。脳の可塑性については、生まれつき指がくっついた人が手術で指を分けると、1週間ほどで脳が新しい指に対応する領域を作る例が挙げられます。意識では、網膜から届く乏しい情報を脳が補って連続した世界を作っていること、感覚の質感(クオリア)が現代でも未解決の問題であることに触れます。

記憶については、想起のたびに作り直されるあいまいなものであり、そのあいまいさが経験を一般化して未知の状況に応用する力の土台になるという、逆説的な見方を示します。終盤では、薬学部の研究者として、アルツハイマー病の解明や治療薬の開発など、脳科学を研究する意義を語ります。

中身の柱

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概要

静岡県藤枝市出身で東京大学薬学部を経て1998年に薬学博士号を取得した気鋭の脳研究者である著者・池谷裕二(1970年8月16日生)が、2002年12月からコロンビア大学客員研究員としてニューヨークに研究留学していた際、現地の高校生たちを相手に行った講義をもとに、脳の仕組みを対話形式でやさしく解説した一冊。人間の脳は身体の能力をはるかに超えるポテンシャルを持ちながら、その一部しか使いこなせていない「進化しすぎた」存在であるという視点から、脳と身体、そして意識の関係を掘り下げていく。専門的な大脳生理学の知見を、高校生でも理解できる平易な言葉と比喩で語り尽くしている点が最大の特徴であり、著者自身も「最新の情報にはまだ真偽の定まっていない内容が含まれる」ことを自覚しながら、あえて研究の最前線にある議論を持ち込んでいる。

刊行の事情を書誌から補足する。国立国会図書館サーチによれば、本書の元になった講義は2004年春にニューヨークの慶應義塾ニューヨーク学院(高等部)で行われたもので、朝日出版社版は2004年10月刊、373ページ、定価1,500円である。のちの講談社ブルーバックス版(通巻1538)は2007年1月19日発売、304ページ、定価1,320円(講談社の書誌による)で、現代ビジネスの著者寄稿には、2007年1月20日発行と記されている。また、同寄稿には、2002年12月に渡米した著者が、ニューヨークの高校生を相手に脳の講義をしてほしいと打診され、対象年齢が「絶妙」だと直感したという経緯が書かれている。

本の構成

高校生との質疑応答をそのまま再現した講義形式で構成され、全体は5つの章からなる。第1章「人間は脳の力を使いこなせていない」で脳の潜在能力と身体的制約の逆転した関係を示し、第2章「人間は脳の解釈から逃れられない」で脳が世界をどう能動的に構成しているかを論じる。第3章「人間はあいまいな記憶しかもてない」では記憶のメカニズムとその不確かさを扱い、第4章「人間は進化のプロセスを進化させる」で脳の可塑性と進化論的な視点を接続し、最終第5章「僕たちはなぜ脳科学を研究するのか」で、著者自身が薬学部に所属する研究者としての立場から、アルツハイマー病の研究や創薬への応用など、脳科学を研究する意義そのものを問い直して締めくくる構成になっている。

章立ては、書誌上は上記の5章だが、複数の紹介(文系の自然科学本の書棚、think0298の書評)は、元になった講義を「全4回」と整理している。講義の回数(4回)と目次の章数(5章)は一致しておらず、両者の対応関係については確認できた資料がない。講義は生徒の発言を引き出しながら進む対話形式で、紹介記事は「ライブ感あふれる講義」と評している。

主要な内容(詳述)

  • 脳の能力と身体の限界: 脳自体の情報処理能力は、実際に人間が発揮している能力をはるかに上回っているとし、能力を制限しているのは脳ではなくむしろ身体の構造(指の本数など)の方であるという逆転の視点を提示する。ラットの脳に電極を埋め込み、思考(ヒゲに与えられる刺激の知覚)だけでレバーを操作させ、報酬系への電気刺激と組み合わせることで自在に方向転換させる「ラジコンネズミ」の実験(2002年に学術誌『ネイチャー』に発表された研究がもとになっている)を紹介し、脳の潜在的な適応力の大きさを示す。
  • 脳の可塑性: 大脳皮質の機能分担は生まれつき固定されているのではなく、身体の構造や環境に応じて後天的に自己組織化されるとし、生まれつき指が癒合している人が手術で指を分離すると、わずか1週間程度で脳がその新しい指に対応する領域を作り出すという例を挙げて説明する。この可塑性の背景として、シナプスの結合強度が経験によって変化する仕組み(ヘブの法則的な考え方)や、神経細胞の興奮・伝達に関わるナトリウムイオンの働き、記憶の固定化に関与するとされるNMDA受容体の役割など、分子・細胞レベルのメカニズムにも踏み込んで解説する。
  • 意識と脳の関係: 私たちは「既にある世界をそのまま見ている」のではなく、「脳が世界を作り出している」のだとし、意識や知覚が受動的な記録ではなく脳による能動的な構築の産物であることを、様々な錯覚や実験例を通じて示す。網膜から脳に送られる情報量はごくわずかであり、脳がその乏しい情報を大幅に補完・解釈することで初めて連続的で豊かな視覚世界が成立しているという説明や、主観的な感覚の質感(クオリア)がなぜ・どのように生じるのかという、現代の脳科学でも未解決の哲学的問題にも言及する。
  • 記憶のあいまいさ: 人間の記憶は正確な記録ではなく、想起のたびに再構成される柔軟で不確かなものであるとし、この「あいまいさ」こそが、状況に応じた柔軟な判断や、経験を一般化して未知の状況に応用する能力の土台になっているという逆説的な見方を提示する。
  • 言語と思考、進化論的視点: 抽象的な思考が言語のあり方によって枠づけられている可能性や、人間の脳が生物進化の過程で他の身体機能を使い回しながら発達してきた(構造を大きく作り替えるのではなく、既存の仕組みを転用して新しい能力を獲得してきた)という進化論的な視点も、対話の中でたびたび登場する。
  • 脳科学研究の意義: 最終章では、著者が薬学部に所属する研究者としてアルツハイマー病などの脳疾患の解明や治療薬の開発に携わる立場から、基礎科学としての脳研究が社会にどう還元されうるかを高校生に向けて語り、単なる知的好奇心の充足にとどまらない研究の意義を提示する。

書評ブログが拾っている具体的な話題からは、本書の守備範囲の広さが分かる。think0298の書評は、第1章周辺の話題として、大脳皮質のしわによる表面積の拡大、大脳皮質の6層構造、領域ごとの機能分化、ラジコンネズミ、第2章周辺の話題として、ミラーニューロン、ウェルニッケ失語、扁桃体を挙げ、記憶の章ではシナプス、イオンの伝導、ヘブの法則、終盤ではアルツハイマー病、βアミロイド、アセチルコリンを扱うと整理している。楽天ブログの感想は、野球のバッティングで視覚処理に約0.5秒かかるという話や、ナトリウムチャネルと麻酔、フグ毒の関係、イルカの脳の潜在力と身体による表現の限界といった話題が印象に残ったと記している。また、note上の書評は、記憶のあいまいさを、ニューロンのシナプス伝達が確率的であることに結びつけた説明が中心だったと紹介し、「なかなか覚えられないのは加齢のせいではなく、脳があいまいさを保つための必要な特性だ」という読後感を述べている(いずれも読者の整理や感想であり、原書の記述そのものではない)。

具体例

指が生まれつき癒合している人の分離手術後に脳の対応領域が急速に再編成される例、ラットの脳に電極を埋め込み思考のみでレバーを操作させ方向転換までさせる「ラジコンネズミ」実験(2002年の『ネイチャー』誌掲載論文がもとになっている)など、脳の可塑性と潜在能力の大きさを裏付ける具体的な研究例が、対話の中で分かりやすく紹介されている。加えて、網膜からの限られた情報を脳が補完して世界像を作り上げているという知覚のメカニズムや、記憶が想起のたびに書き換えられる柔軟な仕組みについても、具体的な思考実験や比喩を用いて説明されている。

実践への応用

自分の能力の限界を「脳がそこまでしか対応できない」と決めつけず、身体的な制約や環境の使い方次第で脳の使い方自体を広げられる可能性があると捉え直すこと、新しいスキルの習得において脳の可塑性を前提に、繰り返しの経験によって脳の対応領域が変化しうることを踏まえて学習に取り組むことなどが、実践への応用として挙げられる。また、記憶が本質的にあいまいで再構成的なものであることを踏まえ、自分や他人の記憶を過度に絶対視せず、重要な事実については記録や複数の情報源で確認する姿勢を持つこと、知覚や意識が脳による能動的な構築の産物であると理解したうえで、思い込みや先入観が知覚そのものを歪めうる可能性を意識しながら物事を判断することも、日常的な応用として考えられる。

位置づけ・評価

専門的な脳科学の知見を、高校生にも理解できる対話形式で平易に伝えた入門書として広く読まれ、著者池谷裕二(本書刊行後の2014年に東京大学大学院薬学系研究科教授に就任)の一般向け脳科学書シリーズの出発点となった代表作の一つとして位置づけられている。本書はもともと朝日出版社から刊行され、のちに講談社ブルーバックス版として新たな知見を加えた版も出版されている。著者は本書と同様の対話形式で、後年ゆかりのある別の高校生グループを相手に行った4回の講義をもとにした続編的な著作『単純な脳、複雑な「私」』(朝日出版社)も刊行しており、両書は姉妹編として合わせて読まれることが多い。専門書と一般書の中間に位置し、脳科学の入門としても、より専門的な文献(記憶研究や意識研究の専門書)へ進む前の橋渡しとしても機能する一冊である。

著者の著作群の中での位置づけについては、「文系の自然科学本の書棚」の著者ガイドが、本書を「脳に興味をもった人の入門書」として勧め、『単純な脳、複雑な「私」』を心の働きに関心のある初心者向け、糸井重里との対談『海馬』(2002年、朝日出版社。2005年に新潮文庫化)を人生に少し役立ちそうな気軽な読み物に分類している(ガイド執筆者の評価である)。講談社の紹介は、朝日新聞の書評が「深い専門的な内容を平易に説いた本は珍しい」と評したことを挙げている。池谷裕二の経歴では、ウィキペディアによれば、1998年に東京大学で博士(薬学)を取得し、2002年から2005年までコロンビア大学の客員研究員を務め、2014年に東京大学大学院薬学系研究科の教授となった。『単純な脳、複雑な「私」』は2009年に朝日出版社から出て、2013年にブルーバックス化されている。