3行でいうと

  • ヒトとチンパンジーの遺伝的な違いは1.6%ほどで、人間は特別な存在ではない
  • 言語・芸術・農耕などの能力は、よい面と悪い面の両方を持つ
  • 大量虐殺や環境破壊は、人間の性質に根ざす危険として警告される

向いている人

人間の本性を進化の視点から広く眺めたい人。予備知識なしで読める一般向けの本。

読む意味

人間を特別視せず、進歩とされる変化の裏面も含めて考える視点が得られる。のちの『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』につながる著者の議論の原型を知ることもできる。

読むときの注意

大胆な総合の試みのため、農業革命の評価や、ジェノサイドを人間に普遍的な傾向として一般化する点などには、専門家からの異論や批判もある。

どんな本か

生理学者から進化生物学や人類学へ研究を広げた著者が、1991年に出した最初の一般向けの本である。書名は、ヒトとチンパンジー、ボノボが遺伝子の大部分を共有していることを踏まえ、人間を「もう一種類のチンパンジー」として相対化して眺める姿勢を表している。わずか1.6%ほどの違いから、なぜ人間だけが言語、芸術、農耕、文明、そして大量虐殺や環境破壊までも発達させたのかを、進化生物学、考古学、人類学を横断して探る。

本書は人間の奇妙な点を取り上げる。女性の排卵が外見から分かりにくいことは、男女の長期の絆や父親の子育てへの関与を促した可能性があるとされ、閉経は祖母が孫の世話に専念して間接的に自分の遺伝子を残す「祖母仮説」で論じられる。農業の起源については、労働時間の増加、栄養の偏り、感染症、身分の差の出現を示す証拠をあげ、人類史上最悪の過ちとまで評する挑発的な議論を展開する。

後半では、ヨーロッパ人による新大陸の征服で、病原菌が大きな役割を果たしたことが論じられる。また、イースター島の森林の消失や、先史時代に人類が到達した地域で大型動物が姿を消したことを、現代の環境問題の前例として示し、人類が自ら文明を損なう可能性と、それを避ける可能性の両方を見渡して終わる。

中身の柱

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概要

『第三のチンパンジー』は、生理学者から進化生物学・人類学・地理学へと研究領域を広げたジャレド・ダイアモンドが1991年に発表した最初の一般向け著作であり、後の『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』へと連なるダイアモンドの知的探究の原点となった作品である。書名は、遺伝子の98.4%(あるいはそれ以上)を共有するヒトとチンパンジー・ボノボが、分類学的にはごく近縁な関係にあり、人間を「取り立てて特別な存在」としてではなく、あくまで「もう一種類のチンパンジー」として相対化して眺めるという本書全体の視座を表している。ダイアモンドは、わずか1.6%ほどの遺伝的な違いから、なぜ人間だけが言語・芸術・農耕・文明・大量虐殺・環境破壊といった、他の霊長類には見られない極端な行動を発達させたのかを、進化生物学・生理学・考古学・人類学を横断しながら解明しようとする。本書の際立った特徴は、人類の「栄光」(言語、芸術、農業、文明の発展)だけでなく、その裏面にある「翳り」(大量虐殺、薬物濫用、環境破壊による自滅の可能性)を等しく直視し、人間という動物が持つ両義的な本性を科学的な視座から冷静に描き出す点にある。

本の構成

本書は5部構成である。第1部「ただのチンパンジーにすぎない」では、人類とチンパンジー・ボノボの遺伝的近縁性、そして人類進化の道筋(直立二足歩行、脳の巨大化、道具使用、言語の獲得)の概観が示される。第2部「奇妙なライフサイクル」では、人間に特有の性行動・生殖戦略(排卵の隠蔽、閉経の進化的意義、一夫一妻制的な絆の形成など)や、老化・寿命の進化的説明が扱われる。第3部「人間らしさという名の由の他の動物との違い」では、言語の起源、芸術(美的感覚)の起源、農業の起源とその評価、そして薬物使用の進化的・文化的な起源といった、人類に特有とされる文化的能力の起源が論じられる。第4部「世界の征服者」では、人類が地球上の各大陸へと拡散していく過程、そしてヨーロッパ人による新大陸・オセアニアの「征服」における病原菌・技術格差の役割が論じられ、後の『銃・病原菌・鉄』の議論の原型が示される。第5部「まもなく訪れる自滅、それとも新たな進歩か」では、先史時代における人類による大型動物の乱獲・絶滅(第四紀大量絶滅)の歴史的事例と、それが現代の環境破壊の前例であるという警鐘が語られ、人類が自ら文明を崩壊させる可能性と、それを回避する可能性の両方が展望される。

主要な内容(詳述)

第1部の核心は、ヒトとチンパンジー・ボノボの遺伝的な近さについての衝撃的な事実である。DNA配列の比較研究(当時最新のハイブリダイゼーション法による測定)により、ヒトとチンパンジーの遺伝的な違いはわずか1.6%程度に過ぎず、これはゴリラや他の霊長類との違いよりもはるかに小さいことが示される。この事実に基づき、ダイアモンドは分類学的な観点からは、ヒトとチンパンジー・ボノボを同じ属(あるいは極めて近い属)に分類することも十分に妥当だと論じ、人間を生物界の頂点にある特別な存在としてではなく、「たまたま言語と技術という特殊な適応を遂げた第三のチンパンジー」として位置づけ直す。

第2部のライフサイクル論では、人間の性行動が他の霊長類と比べて著しく異質である点が詳述される。多くの哺乳類では発情期にのみメスが性的に受容的になるのに対し、人間の女性は排卵の時期を外見上ほとんど隠しており(排卵の隠蔽)、これが男女間の長期的な絆の形成や、父親による子育てへの関与を促す進化的な適応であった可能性が論じられる。また閉経という、他の多くの霊長類には見られない現象についても、祖母が自らの生殖を止めて孫の世話に専念することで、間接的に自らの遺伝子を残す繁殖成功度を高める「祖母仮説」が紹介される。

第3部では、人類に特有とされる文化的能力の「両義性」が繰り返し強調される。農業の起源については、通説とは逆に、農耕への移行が個々人の労働時間の増加、食生活の単調化による栄養状態の悪化、感染症リスクの増大、社会的階層化と支配・被支配関係の出現をもたらしたことを示す考古学的証拠(骨格の栄養状態の分析など)を挙げ、農業革命を「人類史上最悪の過ち」と評する挑発的な議論を展開する。芸術の起源についても、美的感覚を単なる文化的装飾ではなく、配偶者へのアピールや集団内の地位表示としての進化的な機能を持つ可能性から論じる。薬物使用についても、アルコールやカフェインなど向精神物質の使用が、動物界にも広く見られる現象の延長線上にあることが指摘される。

第4部・第5部で扱われる「人類の暗部」の議論は本書の最も挑発的な部分である。ヨーロッパ人による南北アメリカ大陸やオーストラリア、太平洋の島々への進出における先住民の激減が、意図的な虐殺だけでなく、免疫を持たない集団に持ち込まれた病原菌(天然痘など)による壊滅的な伝染病の影響が大きかったことが論じられ、この視点は後に『銃・病原菌・鉄』で本格的に展開される。またダイアモンドは、人類が異民族に対して行ってきた組織的な大量虐殺(ジェノサイド)の歴史的な事例を数多く検討し、こうした行為が「外部の異常な人間」による特殊な逸脱ではなく、人間という種に内在する、内集団と外集団を区別する認知的傾向から生じうる普遍的な危険性であることを警告する。最終部では、ポリネシアのイースター島における森林の乱伐採と資源の枯渇による社会崩壊の事例(後の『文明崩壊』で本格的に論じられるテーマの萌芽)や、先史時代における人類の大陸間拡散に伴う大型動物相の急速な絶滅(オーストラリアや南北アメリカ大陸における「第四紀大量絶滅」)を挙げ、人類が過去に繰り返してきた環境破壊のパターンが、現代のグローバルな環境問題(森林破壊、種の絶滅、気候変動)の直接的な前例であることを示し、文明の存続可能性への警鐘を鳴らして本書を締めくくる。

具体例

ヒトとチンパンジーの遺伝的近縁性を示す具体例として、当時のDNAハイブリダイゼーション法による測定結果(ヒトとチンパンジーの違いが約1.6%であるのに対し、チンパンジーとゴリラの違いはそれより大きいというデータ)が繰り返し引用され、系統樹上でヒトがチンパンジー・ボノボの系統群の内側に位置づけられうるという分類学的な議論の根拠として提示される。イースター島の事例は、限られた資源(森林)を人口増加とモアイ像建造のための伐採によって使い尽くした結果、土壌流出・農業生産の崩壊・部族間抗争・人口激減という社会崩壊のプロセスをたどった歴史的具体例として詳述される。先史時代の大量絶滅の例としては、人類がオーストラリア大陸やアメリカ大陸に到達した直後の考古学的な時期に、マンモスやオオナマケモノなど大型哺乳類相が急激に姿を消した「クローヴィス・ハンター」仮説に基づく議論が紹介される。またヨーロッパ人の新大陸進出における具体例として、天然痘などの伝染病がアステカ帝国やインカ帝国の人口を、実際の武力衝突よりもはるかに大きな規模で激減させたという歴史的経緯が挙げられる。

実践への応用

『第三のチンパンジー』の視座を実生活に応用する際に有用なのは、「人間の特別視」を相対化する批判的な視点である。人間を他の動物とは隔絶した特別な存在とみなす直観は、環境問題や動物の権利をめぐる議論において無意識の先入観として作用しがちであり、本書が示すヒトとチンパンジーの近縁性は、人間中心主義的な前提を問い直し、より謙虚で科学的な自己理解を得るための出発点となる。農業革命や環境破壊についての本書の議論は、「進歩」とみなされている変化(技術革新、経済成長)が、必ずしも個々人の幸福や長期的な持続可能性を保証しないという批判的な視点を養う教訓として、現代の技術やライフスタイルの変化を評価する際の思考の枠組みに応用できる。イースター島や先史時代の大量絶滅の事例は、限られた資源に依存するシステム(組織、企業、国家)が、短期的な利益追求によって長期的な存続基盤を損なう「共有地の悲劇」的な構造を持ちうることを示す具体的な教材となり、持続可能な資源管理や意思決定のあり方を考える際の参照例として活用できる。またジェノサイドについての議論は、内集団びいきと外集団への偏見が人間に普遍的に潜む心理的傾向であることを自覚することで、自らの所属集団の利害を無批判に絶対化しない、より自省的な思考態度を養う手がかりとなる。

位置づけ・評価

『第三のチンパンジー』はジャレド・ダイアモンドの一般向け著作の中でも重要な出発点であり、本書で展開された諸テーマ(病原菌と征服の関係、環境破壊による文明崩壊)は、後にピュリツァー賞を受賞した『銃・病原菌・鉄』(1997年)や『文明崩壊』(2005年)においてそれぞれ大きく発展的に論じ直されることになった。本書自体もイギリスの科学図書賞(ロンドン王立協会科学図書賞)を受賞するなど高く評価され、進化生物学・人類学・生理学といった複数の専門領域を横断しながら人類の本質を問う「学際的科学ノンフィクション」というジャンルを確立した先駆的な著作として位置づけられている。一方でその大胆な総合の試みゆえに、個別の議論(農業革命の評価、ジェノサイドの一般化など)については専門家からの異論や批判も存在するが、人間という種を進化生物学的・比較行動学的な視座から相対化して捉え直すという本書の基本姿勢は、その後の一般向け科学書における人類進化叙述の一つの模範となった。