3行でいうと
- 理論ではなく、創業者本人の語りをほぼそのまま集めた一次資料である
- 方向転換、資金繰りの苦労、共同創業者との軋轢、偶然の重なりが繰り返し現れる
- 成功を必然の物語として語ることへの解毒剤になる
向いている人
起業やスタートアップの現場に関心がある人。IT産業の創業期の実際を、生の言葉で知りたい人。
読む意味
AIを含む新しい事業を考えるときに、成功企業も当初案から変わり、偶然に助けられてきたことを具体例で確かめられる。創業チームのつくり方や資金繰りを考える材料にもなる。
読むときの注意
2007年刊の、当時のウェブ2.0期を中心とした話が多い。体系的な方法論を示す本ではなく、個々の語りから自分で教訓を引き出す読み方になる。
どんな本か
この本は、Yコンビネーターの共同創業者ジェシカ・リビングストンが、テクノロジー企業の創業者たちに直接取材し、その語りをほぼそのまま収めたインタビュー集である。理論やフレームワークを示す経営書ではなく、当事者の言葉を並べるオーラルヒストリーの形をとる。取り上げられる企業は、アップル、PayPal、Hotmail、Flickr、craigslist、TiVo、Firefox、37シグナルズなど、その後のインターネット産業を形づくった顔ぶれに広がる。
各章は、創業の経緯から始まり、資金調達、初期の危機、事業の転換、取材時点の状況までを、本人の語り口で追う形で揃えられている。読み通すと、いくつかの共通点が浮かぶ。多くの会社が当初の案から大きく方向転換していること、創業初期に資金繰りが苦しいこと、技術担当と事業担当の共同創業者の関係がうまくいく場合も、袂を分かつ場合もあること、そして特定の人との出会いや顧客のひと言といった偶然が転機になることである。
著者は、こうした逸話の積み重ねを、成功したスタートアップを後づけで整理された必然の物語として語りがちなことへの、一種の解毒剤として位置づけている。体系立った方法論の本ではなく、創業期の実態を当事者の声から学ぶ本である。
中身の柱
- 取材対象:ソフトウェア、ウェブサービス、ハードウェアにまたがる創業者たち
- 各章の型:創業の経緯、資金調達、初期の危機、事業転換、その後
- 共通テーマ:当初案からの方向転換と、逼迫する資金繰り
- 共通テーマ:共同創業者の役割分担と、意見の対立
- 共通テーマ:成功の背後にある偶然の出会いや顧客の声
あわせて読む本
- ハッカーと画家同じ創業者圏で、シリコンバレーの思想を語る本
- アントレプレナーの教科書体系的な起業の方法論で、語りの本を補う
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概要
『Founders at Work』(邦題『Founders at Work 33のスタートアップストーリー』)は、シードアクセラレーター「Yコンビネーター(Y Combinator)」の共同創業者であるジェシカ・リビングストンが2007年に発表した、テクノロジー企業の創業者たちへのインタビュー集である。理論やフレームワークを提示する経営書ではなく、著者自身が32社の創業者に直接取材した会話をほぼそのままの形で収録するオーラルヒストリー形式をとっている点に本書最大の特徴がある。取り上げられる企業は、アップル、ペイパル(PayPal)、ホットメール(Hotmail)、フリッカー(Flickr)、クレイグスリスト(craigslist)、TiVo、ファイアーフォックス(Firefox)、37シグナルズなど、その後のインターネット産業を形作った企業群に及ぶ。著者は各インタビューを通じて、創業初期に共通して現れるパターン(切迫した資金繰り、当初の事業計画からの方向転換、共同創業者との軋轢、幸運な偶然の重なりなど)を浮かび上がらせており、成功物語を美化せず、創業期特有の混沌とした実態を伝える一次資料的価値を持つ書籍として評価されている。
本の構成
本書は特定のフレームワークに沿った理論書ではなく、32本のインタビューをほぼ独立した章として並べる構成をとっている。取材対象にはPaypalの共同創業者マックス・レヴチン、ホットメールの共同創業者サビール・バティア、アップルの共同創業者スティーブ・ウォズニアック、Excite共同創業者ジョー・クラウス、ソフトウェア・アーツ(VisiCalc)のダン・ブリックリン、ロータス(Lotus 1-2-3)のミッチ・ケイパー、Iris Associates/Grooveのレイ・オジー、ブロガー(Blogger.com)を創業したエヴァン・ウィリアムズ、ヤフー初期メンバーのティム・ブレイディ、リサーチ・イン・モーション(BlackBerry)のマイク・ラザリディス、Marimbaのアーサー・ヴァン・ホフ、Gmailを開発したポール・ブックハイト、WebTVのスティーブ・パールマン、TiVoのマイク・ラムゼイ、Viaweb創業者でありYコンビネーターの共同創業者でもあるポール・グレアム、del.icio.usのジョシュア・シャクター、Bloglinesのマーク・フレッチャー、craigslist創業者クレイグ・ニューマーク、Flickr共同創業者カテリーナ・フェイク、インターネットアーカイブのブリュースター・ケール、アドビ共同創業者チャールズ・ゲシキ、Hummer Winblad創業者アン・ウィンブラッド、37シグナルズのデイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン、ArsDigitaのフィリップ・グリーンスパン、Fog Creek Softwareのジョエル・スポルスキー、TripAdvisorのスティーブ・コーファー、HOT or NOTのジェームズ・ホン、Tickleのジェームズ・カリアー、Firefoxのブレイク・ロス、Six Apartのメナ・トロット、Lycosのボブ・デイビス、Shareholder.comのロン・グルーナーらが含まれる。各章は当該企業の創業経緯から始まり、資金調達、初期の危機、事業転換、そして現在(刊行時点)の状況までを本人の語り口で追う形式で統一されている。
主要な内容
本書を通じて浮かび上がる共通パターンの一つが、多くの著名企業が当初のアイデアからの大きな方向転換(いわゆるピボット)を経て現在の事業にたどり着いているという事実である。例えばペイパルは当初、携帯端末間の暗号化された送金サービスを目指していたが、eBayのオークション利用者間の決済需要に応える形で事業の中心が移り変わっていった経緯が語られ、Flickrはもともとオンラインゲームの派生機能として開発されていた画像共有機能が本体のサービスを凌駕して独立した事業になった経緯が語られる。もう一つの共通テーマが、創業初期における資金繰りの逼迫であり、複数の創業者が個人のクレジットカードでの借り入れや、給与の遅配、資金が数週間で尽きかける状況を赤裸々に語っている。
また、共同創業者間の人間関係や役割分担の難しさも繰り返し語られるテーマである。技術的な天才肌の創業者とビジネス・営業を担う創業者の組み合わせがうまく機能した例、逆に方向性の違いから共同創業者が途中で袂を分かった例など、多様なケースが本人の言葉で紹介される。さらに、成功の背後にある「偶然」の要素、すなわち特定の投資家との偶然の出会いや、たまたま話を聞いた顧客からの示唆が事業の転機になったといったエピソードも多くの章に共通して現れ、著者はこうした逸話の積み重ねを通じて、成功したスタートアップの物語がしばしば後付けで整理された「必然の物語」として語られがちであることに対する一種の解毒剤として本書を位置づけている。
具体例
具体的なエピソードとして、スティーブ・ウォズニアックがアップル創業以前にヒューレット・パッカードに自作のコンピュータの企画を持ち込み一度は却下された経緯や、サビール・バティアがホットメールをベンチャーキャピタルに売り込む際に投資家との面談の合間を縫って製品説明資料を仕上げていた逸話、マックス・レヴチンがペイパルの立ち上げ資金を確保するために複数の投資家から相次いで断られながらも交渉を続けた経緯などが、各人の口から生々しく語られる。またクレイグ・ニューマークが、当初は知人向けのメーリングリストとして始めたcraigslistを、営利化を急がず地域コミュニティのためのサービスとして育てていった姿勢も特徴的なエピソードとして紹介されている。
実践への応用
本書は体系立った方法論を提示するものではないが、これから創業を志す読者にとって実践的な示唆に富む。第一に、多くの成功企業が当初のアイデア通りに事業を進めたわけではなく、顧客の反応を見ながら大胆に方向転換した実例は、初期の事業計画に固執せず市場からの学びに応じて柔軟に軌道修正する重要性を裏付ける。第二に、資金繰りの逼迫を経験した創業者が数多く語られていることは、創業初期における資金管理の厳格さと、資金が尽きる前に次の資金調達や収益化の手を打つことの重要性を示唆している。第三に、共同創業者間の役割分担や意見対立の実例は、創業チームを組む際にスキルの補完性だけでなく価値観やコミュニケーションの相性を見極めることの重要性を教えてくれる。第四に、偶然の出会いや思わぬ顧客の声が転機になった逸話の多さは、意図的に多様な人々との接点を持ち、想定外のフィードバックにも耳を傾ける姿勢の価値を示している。
位置づけ・評価
本書は、著者ジェシカ・リビングストンが本書の取材・執筆と並行して夫のポール・グレアムらとともにYコンビネーターを共同設立した時期に刊行されており、その後2005年に始動したYコンビネーターが後年、数百社規模のスタートアップを輩出するアクセラレーターへと成長したことを踏まえると、本書自体がシリコンバレーにおけるスタートアップ支援の思想的な原点の一つとしても位置づけられている。刊行時にはWired誌や書評サイトから、一次資料としての価値と読み物としての面白さを兼ね備えた作品として高く評価された。日本では角川アスキー総合研究所より『Founders at Work 33のスタートアップストーリー』の邦題(訳:長尾高弘)で翻訳・刊行されている。理論書が語る成功のパターンではなく、当事者の生の言葉から創業期の実態を学べる一次資料として、スタートアップ関連書籍の中でも独自の地位を占めている。