3行でいうと

  • 遺伝子組換えと有機農業は、互いを排除せず組み合わせられる
  • 大切なのは種子の作り方でなく、食料安全保障や環境負荷への貢献
  • 有機農業の利点を評価しつつ、収量では世界の人口を養う限界があるとも認める
  • 組換え作物への反対の多くは、企業への不信に根ざすと分析する

向いている人

遺伝子組換えか有機かという二択を超えて、食と農業を考えたい人。遺伝や植物の基礎に少し触れていると読みやすくなります。

読む意味

「自然か人工か」という対立軸でなく、収量、農薬の使用量、環境負荷、栄養価といった指標で技術を比べる視点が得られます。食品表示や農業政策を見る際の判断軸にもなります。

読むときの注意

組換え技術の研究者と有機農家の共著で、技術を肯定的に評価する立場からの議論です。農薬や組換え企業を強く批判する本と並べて読むと、論点の幅が見えます。

どんな本か

植物病理学者の妻ロナルドと、有機農家の夫アダムチャックという、対照的な立場の夫婦が共著した異色の本です。遺伝子組換え技術と有機農業は、一般に対立するものとして語られがちですが、著者らは両者は互いを排除せず、組み合わせることで持続可能な食料生産を目指せると論じます。重要なのは種子がどんな手法で作られたかではなく、その技術が地域の食料安全保障や環境負荷の低減にどれだけ貢献するかという、実質的な基準だというのが本書の主張です。

構成は、科学の説明の章と、有機農場の実践を描くエッセイ風の章が交互に並びます。科学の側では、遺伝学の基礎、植物の病害抵抗性の仕組み、組換え技術が解説され、稲の白葉枯病への抵抗性遺伝子Xa21や、洪水で水没しても生き延びる冠水耐性遺伝子Sub1の例が紹介されます。Sub1は組換えではなくマーカー選抜という育種技術で優良品種に導入された例で、組換えとゲノム情報を使った育種の境界は単純でないと示されます。農場の側では、天敵昆虫の活用、輪作、生物多様性を生かした害虫防除などが描かれます。

著者らは有機農業の土壌の健全性や生物多様性の利点を評価する一方、有機農業だけで急増する人口を養う収量を確保するのは難しいと認めます。また、組換え作物への反対の多くは技術の安全性データよりも、種子会社の企業行動への不信に由来すると分析し、バングラデシュのBtナスが殺虫剤の使用と農薬中毒を減らした事例や、ビタミンA欠乏対策のゴールデンライスを挙げながら、作物・地域・目的ごとの評価を訴えます。

中身の柱

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概要

本書は、リード大学で1982年に生物学学士号、スタンフォード大学で1984年に修士号、スウェーデン・ウプサラ大学でフルブライト奨学生として1985年に植物生理学修士号、カリフォルニア大学バークレー校で1990年に分子・生理学的植物生物学博士号を取得したカリフォルニア大学デービス校の植物病理学者パメラ・ロナルドと、その夫で有機農家であるラウル・アダムチャックという、対照的な立場にある夫婦が共著した異色の書物である。「遺伝子組換え技術」と「有機農業」は一般に対立する概念として語られがちだが、著者らはこの二つが互いを排除するものではなく、むしろ組み合わせることで持続可能な食料生産を実現できると論じる。重要なのは種子がどのような手法で作られたかではなく、そのテクノロジーが地域の食料安全保障や環境負荷の低減にどれだけ貢献するかという実質的な基準であるという主張が、本書全体を貫く中心テーマである。

本の構成

本書は科学的な説明の章と、有機農業の実践を描くエッセイ風の章が交互に配置される独特の構成をとる。前半では遺伝学の基礎、植物の病害抵抗性のメカニズム、遺伝子組換え技術の仕組みが解説され、後半では殺虫剤を使わない害虫防除、輪作や緑肥による土壌管理、生物多様性を活かした有機農場の運営実務が、アダムチャックの農場経営の実体験を通じて描かれる。両者の視点が交錯することで、実験室と農地の双方の現実を統合的に理解できる構成になっている。

主要な内容(詳述)

ロナルドの研究者としての代表的な業績は、稲の病害抵抗性遺伝子の同定である。彼女の研究チームは、アジアの伝統的な稲品種が持つ、細菌性疾病である白葉枯病に対する抵抗性遺伝子「Xa21」を単離し、1995年12月に学術誌『サイエンス』誌上でその仕組みを発表した。この遺伝子は植物の自然免疫システムの一部として機能し、病原菌のパターンを認識して防御反応を引き起こす受容体をコードしている。著者は、こうした自然界に存在する抵抗性遺伝子を利用した品種改良が、農薬使用量を減らしながら収量を安定させる有効な手段になり得ると説明する。

本書はまた、東南アジアで洪水による稲の壊滅的被害を防ぐために開発された、冠水耐性遺伝子「Sub1」を導入した稲品種の研究にも言及する。ロナルドは1996年から稲育種家デイビッド・マキルと共同でこのSub1遺伝子座の解析に着手した。この遺伝子は、通常数日で枯死する稲を2週間程度の完全水没状態でも生存させる働きを持ち、マーカー選抜という遺伝子組換えを伴わない育種技術によって従来の優良品種に導入された事例として紹介され、遺伝子組換えとゲノム情報を活用した育種技術の境界が必ずしも単純でないことを示す。

有機農業の実践面では、アダムチャックが自らの農場で実践する、化学農薬に頼らない害虫管理――天敵昆虫の活用、コンパニオンプランティング、輪作による病害虫サイクルの遮断――が具体的に描写される。著者らは、有機農業が持つ土壌の健全性維持や生物多様性保全という利点を高く評価しつつも、有機農業だけでは世界の急増する人口を養うだけの収量を確保することは難しいという現実的な限界も率直に認める。

本書の核心的な主張は、遺伝子組換え作物に対する反対論の多くが、技術そのものの安全性データよりも、種子会社の企業行動やイメージへの不信感に起因しているという分析である。著者らは、Btナス(害虫抵抗性ナス)がバングラデシュの零細農家の殺虫剤使用量と農薬中毒事故を大幅に減らした事例や、ビタミンA欠乏による失明や死亡を防ぐためにスイス連邦工科大学のインゴ・ポトリクスとフライブルク大学のペーター・バイヤーにより開発され2000年に発表された栄養強化米「ゴールデンライス」の意義を紹介しながら、技術を一律に否定するのではなく、個々の作物・地域・目的に応じて評価すべきだと訴える。

具体例

  • 稲の白葉枯病抵抗性遺伝子「Xa21」の同定とその作用機構の解明
  • 冠水耐性遺伝子「Sub1」を導入した稲品種が東南アジアの洪水常襲地帯で稲作を守った事例
  • バングラデシュにおけるBtナスの導入による殺虫剤使用量と農薬中毒事故の削減
  • ビタミンA欠乏対策として開発された栄養強化米「ゴールデンライス」の社会的意義
  • アダムチャックの有機農場における天敵昆虫の活用やコンパニオンプランティングの実践

実践への応用

本書は、遺伝子組換えか有機農業かという二項対立的な議論の枠組みを超え、個々の技術を目的・地域・作物ごとに具体的な効果とリスクで評価する視点を読者に提供する。食料安全保障や持続可能な農業政策を考える際、感情的な「自然か人工か」という対立軸ではなく、収量・農薬使用量・環境負荷・栄養価といった実証可能な指標に基づいて技術を選択すべきだという著者らの姿勢は、消費者が食品表示や農業政策を評価する際の判断軸としても応用できる。

位置づけ・評価

本書は、遺伝子組換え技術の研究者と有機農業の実践者という異なる立場の当事者が共著した点が最大の特色であり、両陣営の主張を単純化せずに橋渡しする試みとして高く評価されている。2008年の初版刊行後、2010年に改訂版が出版され、日本語版は椎名隆・石崎陽子の翻訳により丸善出版から刊行された。米国科学振興協会(AAAS)などからも科学と社会をつなぐ良書として言及されており、対立が先鋭化しがちな食のテクノロジー論争に、実証的でバランスの取れた視座を提供する著作として位置づけられている。 本書の共著者パメラ・ロナルドの経歴と評価について、英語版Wikipediaは次のように記す。ロナルドは1961年1月29日生まれで、1992年にカリフォルニア大学デービス校の教員となり、1996年に有機農家のラウル・アダムチャックと結婚した。原書『Tomorrow's Table』は、シード誌とライブラリー・ジャーナルの2008年のベスト本の一冊に選ばれ、ビル・ゲイツは「素晴らしい仕事」であり、種子の科学と農家が直面する課題を知りたい人にとって重要だと評した。ロナルドの研究室がXa21を単離したのは1995年で、この遺伝子は1970年代後半にマリで見つかった耐病性の野生稲オリザ・ロンギスタミナタに由来し、フィリピンの国際稲研究所で育種研究が行われたという(本書の記述として先に触れた「アジアの伝統的な稲品種」という説明とは、由来の説明が異なる点に留意したい)。

ロナルドはXa21の特許が成立した際、法学者ジョン・バートンと協力して、遺伝資源の提供国に利益を還元する枠組みである遺伝資源認識基金を1996年にカリフォルニア大学デービス校に設立し、国際農業研究協議グループとも協力して非営利目的での遺伝子の利用を認めたとされる。Sub1については、1996年にデイビッド・マキルとの共同研究を始め、1997年に米農務省が遺伝子単離のための助成を行い、研究室が位置クローニングを主導して、Sub1Aが冠水に素早く反応して強い耐性を与えることを示した。一方で、2009年と2011年に研究室が発表した細菌タンパク質に関する二本の論文は、菌株の取り違えが判明したため2013年に撤回され、その後の再実験を経て2015年にXa21のリガンドとされるペプチドRaxXの発見が発表された。2022年にはウルフ賞農業部門を受賞している。