3行でいうと

  • 化学メーカー時代のPCBや枯葉剤などの公害の歴史を、内部資料で検証する
  • 除草剤とそれに耐える遺伝子組換え種子のセット販売へ、事業を転換した
  • 規制当局や科学者への働きかけ、種子の特許をめぐる訴訟を論じる
  • 途上国の農家への影響として、インドの綿花栽培を取り上げる

向いている人

巨大農業企業と、規制・政治・科学との関係を批判的に読みたい人。食料・農業政策に関心がある人に向きます。

読む意味

種子の特許化、除草剤とセットで売る栽培の仕組み、規制当局の独立性といった論点を、具体的な事例で考える手がかりになります。

読むときの注意

遺伝子組換え作物の安全性についての決定版ではなく、モンサント社の企業行動への批判的検証として読むのが適切です。インドの農民の自殺との因果関係は、学術的に単純には合意されていません。

どんな本か

フランスのジャーナリストで映像作家のロバンが、3年にわたる取材をもとに、米国の農薬・種苗企業モンサント社の一世紀にわたる企業活動を検証した調査報道です。同名のドキュメンタリー映画と対をなす著作で、未公開の内部資料や、科学者、元従業員、政治家、農民への取材をもとに、本書は同社が化学メーカーから、除草剤ラウンドアップと遺伝子組換え種子を軸とする農業ビジネスへ転換する中で、政治・行政・科学界にどう働きかけたかを時系列で描くと述べます。

構成は三部です。第一部は、PCBやダイオキシン、ベトナム戦争の枯葉剤の原料となった除草剤など、化学メーカー時代の環境汚染と健康被害の歴史です。第二部は、ラウンドアップの特許切れが近づく中、ラウンドアップに耐える遺伝子組換え作物と組み合わせて売る形に戦略を変え、種子市場のシェアを広げた過程を扱います。規制当局者や政治家への働きかけ、研究資金の提供による科学者への影響、自家採種した農家への特許侵害訴訟(カナダの農家の事例など)が、証言と文書を積み重ねて論じられます。第三部は、遺伝子組換え綿花がインドなどの小規模農家に導入された経緯と、種子や農薬の費用が農家の債務を増やした可能性です。

公害の歴史的事実については、訴訟記録や公的資料にもとづく検証として資料的な価値が高いと評価されています。その一方で、遺伝子組換え作物の健康影響や、インドの農民の自殺との因果関係の描き方は、主要な科学機関の評価や統計研究と必ずしも一致しない、と指摘されています。

中身の柱

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概要

『モンサント――世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業』は、1960年6月15日にフランス西部ポワトゥー=シャラント地域圏グルジェに生まれたジャーナリスト・映像作家のマリー=モニク・ロバンが3年にわたる取材をもとに著した調査報道書で、2008年にフランスで刊行された"Le Monde selon Monsanto"(『モンサントが見る世界』の意)の邦訳である。同名のドキュメンタリー映画(2008年3月にフランス・ドイツのテレビ局アルテで放映、日本では『モンサントの不自然な食べもの』の邦題で公開)と対をなす著作で、著者は本書と映画により2008年にレイチェル・カーソン賞を、また1995年には臓器売買を扱った作品でフランスの著名なジャーナリズム賞であるアルベール・ロンドル賞を受賞している。1901年9月26日にジョン・フランシス・クイニーによってミズーリ州セントルイスで創業され、2018年6月7日にドイツの化学大手バイエル社が総額660億ドルの全額現金取引で買収し社名が消滅した米国の農薬・種苗企業モンサント社の一世紀にわたる企業活動を、未公開の内部資料や科学者・元従業員・政治家・農民への取材に基づいて検証している。なお、日本語版の正式な副題は「世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業」であり、指定された「多国籍企業」という表現は本書の正式なタイトルとは異なる点をあらかじめ付記しておく。本書とドキュメンタリー映画は合わせて16の言語に翻訳・展開されている。著者は本書を通じて、同社が化学メーカーとして出発した20世紀初頭から、除草剤ラウンドアップと遺伝子組換え種子を軸とする農業ビジネスへと転換していく過程で、政治・行政・科学界にどのような働きかけを行ってきたかを時系列で描き出している。

本の構成

本書は大きく三部構成をとる。第一部は「産業史上最悪の公害企業」として、同社が20世紀に製造したPCB(ポリ塩化ビフェニル)やダイオキシン、ベトナム戦争で使用された枯葉剤の原料となった除草剤2,4,5-Tなど、化学メーカー時代の環境汚染と健康被害の歴史を検証する。第二部は「遺伝子組み換え作物への転換」として、除草剤ラウンドアップの特許切れが迫る中で、同社がラウンドアップに耐性を持つ遺伝子組換え作物(ラウンドアップ・レディ)の開発・普及に事業の軸足を移し、世界各国で種子市場のシェアを急速に拡大していく過程を描く。第三部は「途上国への影響」として、遺伝子組換え綿花の普及がインドなど途上国の農民に与えた経済的影響を検証する構成になっている。

主要な内容(詳述)

第一部では、モンサント社が北米唯一のPCB製造企業として1977年に自主的に製造を停止し、米国では翌1978年1月1日付けで有害物質規制法(TSCA)に基づき製造が全面禁止されるまで、PCBが環境中に広範に残留し続けたこと、1962年から1971年にかけて(使用のピークは1967-69年)米軍がベトナム戦争で使用した枯葉剤「エージェント・オレンジ」をダウ・ケミカルなど9社とともに製造しており、1984年に7社が応じたクラスアクション和解では、和解金全体の45%強を同社単独で負担する結果となったこと、そしてこれらの製造過程で生じたダイオキシン類による従業員や周辺住民への健康被害について、社内文書や訴訟記録に基づいて詳述されている。著者は、同社がこうした公害問題において、自社に不利な内部データを長期間公開してこなかった経緯を、入手した内部資料をもとに具体的に示している。

第二部では、1996年に商業栽培が始まった除草剤耐性の遺伝子組換え大豆「ラウンドアップ・レディ」の普及と歩調を合わせるように、除草剤ラウンドアップ(グリホサートの塩形態に関する主要特許が2000年9月に米国で失効)の特許が主要国で順次切れる中、同社が除草剤そのものの販売から、ラウンドアップに耐性を持つ遺伝子組換え種子とのセット販売モデルへと事業戦略を転換した経緯が描かれる。この戦略により、同社は世界各国で大豆・トウモロコシ・綿花などの遺伝子組換え種子市場において高いシェアを獲得するに至った。著者は、この過程で同社が各国の規制当局者や政治家に対して行ったとされる働きかけ、科学者への研究資金提供を通じた影響力の行使、そして特許侵害を理由に自家採種を行った農家を相手取った多数の訴訟について、具体的な証言と文書を積み重ねて論じている。

第三部では、遺伝子組換え綿花(Btコットン)がインドなど途上国の小規模農家に導入された経緯と、種子代金や関連農薬の費用負担が農家の債務を拡大させた可能性について論じられる。この論点に関連して、インドにおける農民の自殺者数の増加とBtコットン導入との因果関係が本書内で示唆されているが、この因果関係については、複数の統計学的研究がBtコットン導入前から農民自殺の増加傾向が存在したことや、干魃や信用制度、農産物価格の変動など多要因が関わっていることを指摘しており、学術的には単純な因果関係として広く合意されているわけではない点に留意が必要である。

具体例

本書で扱われる具体的な事例としては、モンサント社の元従業員や規制当局関係者への直接インタビュー、1993年にFDAが承認し1994年2月3日から米国で販売が始まった遺伝子組換え成長ホルモン(rBGH/rBST、商品名ポジラック)の乳牛への使用をめぐる米国食品医薬品局(FDA)と同社の関係(なお同物質はEUでは1990年から暫定的に、2000年からは恒久的に禁止されており、カナダも1999年に、日本を含む複数の国も承認を見送っている)、1998年に同社から特許侵害訴訟を起こされ、最終的にカナダ最高裁まで争ったカナダの農家パーシー・シュマイザー氏の事例(最高裁は特許自体の有効性と意図せざる保持でも侵害が成立しうる点は5対4で同社の主張を認めつつ、シュマイザー氏が同社の特許形質から利益を得ていないとして技術使用料や損害賠償の支払い義務については9対0の全員一致で退けるという分裂した判断を下した)などが挙げられる。また、同社が資金提供した第三者機関による研究や、規制当局の審査プロセスに関わった人物の経歴(規制当局と企業の間での人材の往来、いわゆる「回転ドア」現象)についても具体的な人名とともに検証されている。ドキュメンタリー版には、インド・メキシコ・アルゼンチン・パラグアイなど各国の現地取材と、米国環境保護庁(EPA)の元政策分析官ウィリアム・サンジュールが独自にまとめた62項目の注記を伴う21ページの内部告発報告書「モンサント調査」も取材資料として活用されている。

実践への応用

本書は個人の生活に直接役立つ実用書ではないが、大手アグリビジネス企業の事業戦略や、企業と規制当局・政治の関係性を批判的に読み解く視点を養う調査報道の教材として活用できる。食料・農業政策に関心を持つ読者にとっては、種子の特許化、除草剤とセットになった作物栽培システムの経済構造、そして規制当局の独立性という論点を具体的な事例とともに理解する手がかりになる。

位置づけ・評価

本書は同名のドキュメンタリー映画とともに、モンサント社(現バイエル社)の企業活動に対する国際的な批判世論の形成に大きな影響を与えた代表的な調査報道作品として位置づけられる。フランスではラ・デクヴェルト社から刊行され、L'Express誌やLe Point誌などフランス国内の主要メディアでも取り上げられ、その社会的影響力をレイチェル・カーソンの『沈黙の春』になぞらえる論評もあった。PCBやダイオキシン、枯葉剤といった化学物質による環境汚染の歴史的事実については、訴訟記録や公的資料に基づく検証として高い資料的価値を持つ。一方で、遺伝子組換え作物の健康影響やインドの農民自殺問題における因果関係の描き方については、主要な国際科学機関の評価や複数の統計学的研究と必ずしも一致しない解釈が含まれており、本書は「モンサント社の企業行動に対する調査報道・批判的検証」として読むのが適切であり、遺伝子組換え作物の安全性一般に関する科学的な決定版として読むべきではない点に注意が必要である。