3行でいうと
- 怒りや恐れなどに専用の脳回路があるという古典的見解を退ける。
- 情動は身体内部の信号と状況を、学んだ概念で意味づけて構成される。
- 脳は受け身ではなく、常に次を予測して知覚を作る予測機械である。
- 情動語彙が豊かなほど、情動をきめ細かく経験し扱いやすくなる。
向いている人
感情の科学の最近の議論を知りたい人に向きます。専門的な内容ですが語り口は一般向けで、心理学や脳科学の基礎が少しあると楽です。
読む意味
「感情は生まれつきの反応」という常識を疑い直すきっかけになります。感情の科学の現在の論争の中心にある理論を、本人の言葉で読めます。
読むときの注意
この理論を支持する研究者と、基本情動理論を部分的に維持しようとする研究者の間で、学術的な論争が続いています。本書の主張は決着した定説ではなく、争点のひとつとして読む必要があります。
どんな本か
怒り・恐怖・喜び・悲しみといった基本の情動は、脳にあらかじめ配線されていて、表情にも文化を超えて表れる。この「古典的見解」に、心理学者の著者が正面から異を唱える本です。脳画像研究のまとめや表情の研究を見直し、特定の情動に一対一で対応する脳の専用回路は見つかっていないと述べます。例えば扁桃体は恐怖以外の多くの場面でも働きます。表情を選ばせる実験は、あらかじめ情動の言葉を示す手法に偏りがあったとも指摘されます。
代わりに示されるのが「構成主義的情動理論」です。情動は既製品の反応が呼び出されるのではなく、脳がその瞬間に、身体内部からの信号(内受容感覚)、外の状況、過去に学んだ「概念」を組み合わせて作り出す出来事だとします。同じ動悸でも、状況と学んだ概念しだいで「恐怖」にも「興奮」にもなります。土台には、快・不快と覚醒の度合いで表される漠然とした身体感覚(コア・アフェクト)があります。
さらに、脳は刺激に反応するだけの器官ではなく、過去の経験から次を予測し、その予測で知覚を作る予測機械だと論じます。情動の概念は、幼いころから養育者や言葉を通じて学ばれ、共有されることで社会的な現実にもなります。応用としては、情動の語彙を細かくして情動をより的確に捉え直すこと、医療や、表情から本心を読めるとする司法の前提を問い直すことが挙げられます。
中身の柱
- 従来の見解と、それを支えたはずの実証研究への再検討。
- 構成主義的情動理論の骨格と、コア・アフェクト、内受容感覚。
- 予測する脳のモデルと、情動の概念が学習される過程。
- 情動は社会的現実でもあるという見方、文化と言葉の役割。
- 情動の自己調整、病気、法、動物の情動への応用と展望。
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概要
本書は、心理学者・神経科学者リサ・フェルドマン・バレットが、20年以上にわたる自身の研究成果を踏まえて、感情に関する従来の通念に真っ向から挑む一冊である。従来、多くの心理学理論(特にポール・エクマンに代表される基本情動理論)は、怒り・恐怖・喜び・悲しみといった一連の基本的な情動が、脳の特定の回路にあらかじめ「配線」されており、それが文化を超えて普遍的な表情として顕現するという「古典的見解(classical view)」を前提としてきた。バレットは、脳画像研究のメタ分析や表情認知研究の再検討を通じて、特定の情動に一対一で対応する脳の「指紋」のような専用回路は見つからないという実証的な証拠を積み上げ、この古典的見解を退ける。その代わりに提示されるのが「構成主義的情動理論(theory of constructed emotion)」であり、情動とは脳にあらかじめ組み込まれた反応ではなく、脳が過去の経験から学習した「概念」を用いて、身体内部からの信号(内受容感覚)と外界の状況をその都度リアルタイムに意味づけ、能動的に構成する出来事であるという立場である。この理論は、感情理解のみならず、脳そのものの働き方についての見方(受動的な刺激反応装置ではなく、常に次の瞬間を予測し続ける予測機械としての脳)を大きく転換させるものであり、医療・法律・子育て・治安維持といった幅広い領域への応用可能性とともに論じられている。
本の構成
日本語版の目次(紀伊國屋書店)は「二〇〇〇年来の前提」から「脳から心へ」までの14項目で、先頭項目を序章とみなすか第1章とみなすかは確認できていないが、以下では目次の順に便宜上章番号を振って記す。第1章「二千年来の思い込み(The Two-Thousand-Year-Old Assumption)」で情動が脳に生得的に組み込まれているという伝統的な見方の起源を辿り、第2章「情動の『指紋』を探して(The Search for Emotion's 'Fingerprints')」でこの見方を裏づけようとした実証研究がことごとく再現に失敗してきた経緯を検証する。第3章「情動は構成される(Emotions Are Constructed)」で構成主義的情動理論の骨格を提示し、第4章「普遍的情動という神話(The Myth of Universal Emotions)」で表情の普遍性という通念に異議を唱える。第5章「フィーリングの起源(The Origin of Feeling)」で身体内部の信号(情動の基盤となる「コア・アフェクト」)を扱い、第6章「概念、ゴール、言葉(Concepts, Goals, and Words)」で情動概念がどのように学習され獲得されるかを論じる。第7章「脳はいかにして情動をつくるか(How the Brain Makes Emotions)」で予測する脳のメカニズムを詳述し、第8章「社会的現実としての情動(Emotions as Social Reality)」で情動が文化的・社会的に構築される側面を扱う。第9章「人間性についての新しい見方(A New View of Human Nature)」で理論全体の哲学的な含意を整理し、第10章「情動を使いこなす(Mastering Your Emotions)」、第11章「情動と病(Emotion and Illness)」、第12章「情動と法(Emotion and the Law)」、第13章「怒っている犬なのか?(Is a Growling Dog Angry?)」で動物の情動という論点を扱い、最終第14章「脳から心へ―新たなフロンティア(From Brain to Mind: The New Frontier)」で理論の射程と今後の展望を総括するという構成になっている。
主要な内容(詳述)
古典的見解への反証
バレットは、怒り・恐怖・喜びなどの各情動に対応する固有の脳領域や生理的な「指紋」パターンを見つけようとした過去数十年の研究を大規模に再検討し、fMRI研究のメタ分析においても、同じ「恐怖」というラベルの情動体験の際に活動する脳部位は個人間・状況間で大きくばらつき、扁桃体一つをとっても恐怖以外の多様な状況で活動することを示す。同様に、表情写真から情動を読み取らせる古典的な実験(ポール・エクマンらの研究)についても、被験者に選択肢としてあらかじめ情動語を提示していたという方法論上のバイアスがあったことを指摘し、文化的な文脈から切り離された自然な状況では、特定の表情から特定の情動を一意に読み取ることは実際には困難であることを示す研究を紹介する。
構成主義的情動理論の骨格
バレットの理論によれば、情動とは脳内に既製品として保存されている「反応パターン」が呼び出されるものではなく、脳がその瞬間ごとに、身体内部からの生理的信号(内受容感覚)、外界からの感覚情報、そして過去の経験から蓄積された「情動概念」というカテゴリー的知識を組み合わせて、能動的に構成する「出来事」である。同じ心拍数の上昇や胃の不快感といった身体内部の信号でも、置かれた状況や学習してきた概念次第で、それは「恐怖」として経験されることもあれば「興奮」や「怒り」として経験されることもあり、身体信号そのものには情動を一意に決定する情報は含まれていないとされる。
コア・アフェクトと内受容感覚
情動を構成する土台として、バレットは常に変動し続ける身体内部の基礎的な感覚である「コア・アフェクト(core affect)」――快・不快の度合い(ヴァレンス)と、覚醒の度合い(アラウザル)という2次元で表される、意識に上る前の漠然とした身体感覚――という概念を導入する。この身体内部からの絶えざる信号を脳がモニターし解釈する働きを「内受容感覚(interoception)」と呼び、内受容感覚こそが情動経験の生理的な基盤であるとする。脳の島皮質などがこの内受容感覚の処理に中心的な役割を果たすとされる。
予測する脳(シミュレーションとしての知覚)
本書のもう一つの核となる主張は、脳が受動的に外界からの刺激に反応する器官ではなく、過去の経験に基づいて常に「次に何が起こるか」を予測し、その予測(シミュレーション)を通じて知覚そのものを能動的に構築しているという「予測する脳」のモデルである。感覚器官から届く情報は、この予測を微修正する程度の役割しか果たしておらず、私たちが経験する知覚や情動の大部分は、脳が過去の学習に基づいて先回りして生成した予測そのものであるとされる。情動もこの枠組みの中で、身体の状態変化を脳が予測し、それを外界の状況と結びつけて意味づけた結果として構成される。
情動概念の学習と言葉の役割
情動を経験し理解する能力は生得的に完成した形で備わっているのではなく、乳幼児期から養育者や文化との関わりの中で、「恐怖」「喜び」といった情動語(エモーション・ワード)とともに、それに対応する身体感覚・状況・表出行動のまとまりを「概念」として学習していく過程を通じて獲得されるとバレットは論じる。この立場からは、使用する言語や文化が持つ情動語彙の豊かさや区分の仕方そのものが、その文化に属する人が経験しうる情動の細やかさやカテゴリーの区切り方に影響を与えることになる。
社会的現実としての情動
情動は個人の脳内だけで完結する現象ではなく、複数の人間が概念を共有することによって成立する「社会的現実」としての側面も持つとバレットは指摘する。お金や国境線が物理的実体としては存在しないにもかかわらず、人々が概念を共有することで社会的に機能する実在となっているのと同様に、「恥」や「誇り」といった情動もまた、それを認識し合う集団の中で初めて十全に機能する社会的構築物としての性格を持つとされる。
具体例
本書では、扁桃体を「恐怖の座」とみなす通俗的な理解に反して、扁桃体が恐怖以外にも新奇性への注意、報酬への反応、社会的判断など多様な状況で活動することを示すデータが紹介される。また、乳児が特定の表情に生まれつき特定の情動を結びつけているわけではなく、養育者との関わりの中で情動概念を学習していく過程についての発達研究や、イヌイットの言語における雪を表す語彙の豊富さになぞらえて、文化や言語が持つ情動語彙の粒度の違いが実際の情動経験の粒度にも影響することを示唆するオランダ語の情動語「グレッツ(gezellig、居心地の良い団らんの感覚)」のような、他言語には一対一で翻訳できない情動概念の例なども取り上げられているとされる(イヌイットの雪の語彙やgezelligの例が本書に実際に登場するかは、今回の出典では確認できていない)。さらに、法廷における表情証拠の扱いや、警察官が一瞬の表情や身のこなしを「攻撃性の兆候」と誤読してしまう事例など、情動の読み取りにまつわる誤解が現実の社会的判断に及ぼす影響についての具体的な議論も展開される。
実践への応用
本書が提示する構成主義的情動理論は、感情の自己調整(エモーション・レギュレーション)に対して、「情動はあらかじめ決まった形で湧き上がってくるものではなく、概念を通じて構成されるものである以上、より精緻な情動語彙(エモーショナル・グラニュラリティ)を身につけることで、経験する情動そのものをより的確に、時には穏やかに再構成できる」という実践的な示唆を与える。また医療の領域では、情動と身体的な健康・疾病(慢性疼痛や自己免疫疾患など)との関連を、内受容感覚と予測する脳という枠組みから捉え直す視点を提供し、司法の領域では、表情や身体反応から「本当の感情」や「意図」を一意に読み取れるという前提に基づく証拠評価(ポリグラフや表情分析による証言の信憑性判断など)に根本的な疑問を投げかける材料を提供している。
位置づけ・評価
リサ・フェルドマン・バレットは、ノースイースタン大学の心理学教授であり、情動の心理構成主義(psychological constructionism)を代表する研究者として国際的に知られている。本書は、長年主流であったポール・エクマンらの基本情動理論(進化によって形成された少数の普遍的な基本情動があるとする立場)に対する、実証データに基づいた包括的かつ体系的な反論として、感情科学の分野に大きな論争を巻き起こした著作である。神経科学・心理学の専門家の間でも、構成主義的情動理論を支持する立場と、基本情動理論の枠組みを部分的に維持しようとする立場との間で活発な学術的議論が続いており、本書はその論争の中心に位置する著作の一つとなっている。専門的な内容でありながら一般読者にも分かりやすい語り口で書かれており、感情に関する常識を問い直す啓蒙書として、また情動の神経科学における現代的な到達点を示す学術的著作として、二重の評価を受けている一冊である。