3行でいうと

  • 常識は身近な問題には効くが、大規模な社会現象では誤りやすい
  • 出来事の後では「当然だった」と思えてしまう(後知恵バイアス)
  • ヒットの差は、初期の偶然と模倣の連鎖で大きく広がる
  • データ測定や予測市場など、常識を補う方法がある

向いている人

ヒット商品や流行、社会の予測がなぜ難しいのかに関心のある人。社会科学の基礎知識が少しあると読みやすくなります。

読む意味

成功の法則を後から探しても再現できない理由が分かり、予測には不確実性がつきまとうという前提で判断する見方が身につきます。

どんな本か

人は日々、常識を頼りに判断しています。社会学者でネットワーク科学者のワッツは、常識が身近な問題には有効でも、多数の人が影響し合う大規模な現象を理解したり予測したりする場面では、しばしば深刻な誤りを生むと論じます。出来事が起きたあとは、原因も経緯も「当然だった」「予測できたはずだ」と感じられてしまう。この後知恵バイアスを分解し、専門家や意思決定者が社会の動きを読み誤る理由を、知識や分析力の不足ではなく、常識という考え方そのものの限界に求めます。

本書の議論は、著者自身が関わった実験に支えられています。無名の楽曲を使い、他の人のダウンロード数が見える場合と見えない場合を比べた実験では、見える場合に人気の格差がずっと大きくなり、何がヒットするかも繰り返すたびに変わりました。ヒットは作品の質だけでは説明できず、初期の小さな偶然と模倣の連鎖が効くという証拠です。世界規模の「六次の隔たり」の再現実験では、少数のインフルエンサーが情報の伝わりを支配するという通俗的なモデルが、単純化しすぎであることも示されます。

前半は常識がなぜ失敗するかを検討し、後半では常識に代わる、あるいは補う方法として、データに基づく測定、予測市場、多様な視点の集約が紹介されます。予測市場は、独立した予測を集めると全体の精度が上がるという集合知の原理にもとづくものです。

中身の柱

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概要

社会学者・ネットワーク科学者であるダンカン・ワッツが、人間が日常的に頼りにしている「常識(コモンセンス)」が、個人間の身近な問題を扱う上では有効に機能する一方、社会全体や集団の行動といった大規模で複雑な現象を理解・予測しようとする場面では、しばしば深刻な誤りを生み出すことを、社会学・心理学・ネットワーク科学の実証研究に基づいて論じた一冊。原題 Everything Is Obvious: How Common Sense Fails Us(「すべては自明である――常識はいかに私たちを裏切るか」)が示す通り、著者の狙いは、ある出来事が起きた後にはその原因や経緯がいかにも「当然だった」「予測できたはずだ」と感じられてしまう現象(後知恵バイアス)そのものを解剖し、社会現象の理解において常識に頼ることの限界を明らかにすることにある。

著者は、コロンビア大学時代に主導した「六次の隔たり」の大規模な追跡実験や、音楽ダウンロードの人気を扱った実験室実験など、自身が携わった社会ネットワーク研究の知見を数多く引用しながら、なぜ専門家や意思決定者が社会的トレンド・ヒット商品の成功・歴史的事件の帰結を体系的に予測し損ねるのか、そしてその失敗の根本原因が「知識や分析力の不足」ではなく、「常識という思考様式そのものの構造的な限界」にあることを論じていく。

本の構成

本書は大きく二部構成をとる。前半の「コモンセンス」と題された部分(おおむね第1章から第6章に相当)では、常識に基づく思考がなぜ大規模・複雑な社会現象の理解において失敗するのかが、歴史的説明の性質、社会的影響力、模倣行動、社会ネットワークの構造といった観点から順に検討される。後半の「アンコモンセンス」と題された部分(おおむね第7章から第10章に相当)では、常識に代わる、あるいは常識を補完するアプローチとして、データに基づく実証的な社会測定、予測市場、多様な視点の集約といった手法が提示される。

主要な内容(詳述)

常識の適用範囲の限界

著者はまず、常識という思考様式が、身近で単純な因果関係を扱う日常的な問題に対しては驚くほど有効に機能する一方、多数の人間が相互に影響を及ぼし合う大規模・長期的な現象(社会運動の帰趨、文化的ヒットの発生、歴史的事件の展開など)に適用されると、しばしば破綻することを指摘する。著者は、常識とは首尾一貫した世界観というよりも、「論理的に相互に矛盾する信念の寄せ集め」であり、特定の状況にはそれらしく当てはまる説明を後付けで見つけ出すことができてしまうがゆえに、あたかも常識が普遍的に有効であるかのような錯覚を生んでいると論じる。

後知恵バイアスと歴史的説明の性質

著者は、歴史上の出来事(戦争の勃発、企業の成功や失敗、社会運動の広がりなど)について、事後的に振り返ると「起こるべくして起こった」ように見える現象を、後知恵バイアスの典型例として取り上げる。人は出来事が実際に起きた後になって初めて、その原因や経緯を説明する筋の通った物語を構築するが、この物語構築の過程では、実際には出来事の帰結に影響を与えなかった無数の要因が捨象され、結果と整合的な要因だけが選び出されて強調される。このため、歴史的説明は実際にはその出来事の「予測」には全く役立たない後付けの物語であるにもかかわらず、あたかも予測可能であったかのような錯覚を生み出してしまう。

モナリザ問題(累積的優位性)

著者が象徴的に用いる比喩が「モナリザ問題」である。レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナリザ』が世界で最も有名な絵画とされる理由を説明しようとする多くの言説は、実際には「モナリザがモナリザだから有名である」という循環論法に陥っており、絵画そのものの芸術的な特性だけでは、数多く存在する同時代・同水準の傑作の中でなぜこの一枚だけが突出した名声を得たのかを説明できないと著者は指摘する。著者はこれを、初期のわずかな偶然の優位性が、社会的な模倣や評判の連鎖を通じて雪だるま式に拡大していく「累積的優位性」という一般的な社会現象の一例として位置づける。

音楽ダウンロード実験(人工文化市場実験)

著者と共同研究者マシュー・サルガニックらが行った「ミュージックラボ実験」は、本書の中核をなす実証データの一つである。この実験では、被験者を複数の独立したグループに分け、無名のアーティストによる楽曲群を、他の被験者のダウンロード数を見られない条件(独立条件)と、見られる条件(社会的影響条件)とで試聴・評価・ダウンロードさせた。その結果、社会的影響条件では、独立条件に比べて楽曲の人気の格差(不平等性)がはるかに大きくなり、かつどの楽曲が最終的にヒットするかは、同じ実験を別の被験者グループで繰り返すたびに大きく異なる結果になった。この実験は、社会的に成功した対象(ヒット曲、ベストセラー、流行など)の成功が、その対象自体の内在的な質の高さのみによって説明できるものではなく、初期のわずかな偶然と、それに続く社会的な模倣の連鎖によって大きく左右されることを示す証拠として位置づけられている。

「六次の隔たり」の大規模検証実験

著者は、社会心理学者スタンレー・ミルグラムが1960年代に行った「スモールワールド実験(六次の隔たり)」を、電子メールを用いて世界規模で再現した大規模実験にも言及する。世界166か国、数万人規模の参加者を対象に、指定された見知らぬ相手に電子メールを転送でつなげていくこの実験では、多くの連鎖が目標に到達する前に途切れてしまったこと、また目標に到達した連鎖においても、少数の「特別な人脈を持つハブ的人物」を経由するという単純なモデルでは説明しきれない、多様な経路を通じて到達が起きていたことが明らかになった。著者はこの結果から、少数の影響力の大きい「インフルエンサー」が社会的な情報伝播を支配しているという通俗的なモデルは、実際の社会ネットワークの複雑さを過度に単純化したものであると論じる。

予測市場と集合知

本書の後半で著者が提示する代替的アプローチの一つが、多様な参加者の予測を市場メカニズムを通じて集約する「予測市場」である。アイオワ大学が運営する大統領選挙予測市場(アイオワ・エレクトロニック・マーケッツ)が、従来の世論調査よりも高い精度で選挙結果を予測してきた実績が紹介され、個々の予測者の誤差が独立している限り、多様な予測を集約することで全体としての予測精度を高められるという集合知の原理が論じられる。

具体例

  • レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナリザ』の名声をめぐる「モナリザ問題」(循環論法批判)
  • ミュージックラボ実験(社会的影響の有無による楽曲人気の不平等性と結果の再現不可能性)
  • 電子メールを用いた世界規模の「六次の隔たり」再現実験(166か国、数万人規模)
  • オーストリアとドイツにおける臓器提供同意率の違い(オプトアウト方式とオプトイン方式の対比、99%対12%程度という大きな差)
  • 「高齢者」「無気力」といった単語のプライミングが被験者の歩行速度を遅くする心理学実験、店内のBGMがワイン購入時の産地選択に与える影響の実験
  • アイオワ・エレクトロニック・マーケッツによる大統領選挙予測の精度が世論調査を上回った事例

実践への応用

本書の知見は、企業のマーケティング戦略や製品開発、政策立案、社会的トレンドの分析など、幅広い実務領域に応用できる。第一に、ヒット商品や流行の発生を、後から都合よく説明する「成功の法則」に頼って再現しようとする試みには根本的な限界があることを踏まえ、成功事例の分析に基づく予測には常に一定の不確実性が伴うという前提を持つことが重要になる。第二に、大規模な意思決定や政策形成において、少数の専門家や有力者の直感的な判断に頼るのではなく、可能な限り実証データを収集し、予測市場や多様な意見の集約といった「アンコモンセンス」の手法を併用することで、判断の精度を高められる可能性がある。第三に、社会的な影響力の連鎖(累積的優位性)が結果の不平等を増幅させるという知見は、マーケティングにおける初期ユーザーの獲得戦略や、コンテンツの露出タイミングの設計において、初動の重要性を再認識させるものとして応用できる。

位置づけ・評価

著者ダンカン・ワッツは、複雑ネットワーク理論(スモールワールドネットワークモデル)の研究で知られる社会学者・物理学者であり、本書はその学術的な研究蓄積を一般読者向けに平易に翻案した著作として位置づけられている。本書は、社会科学における「常識」への過信を批判し、社会現象の分析にビッグデータや実験的手法を積極的に取り入れるべきだと主張する「計算社会科学(computational social science)」の潮流を代表する一冊としても評価されており、著者は本書刊行後、マイクロソフト・リサーチやペンシルベニア大学などで計算社会科学の研究を牽引する立場を担っている。本書で提示される「後知恵バイアス」「累積的優位性」「予測市場」といった概念は、経営学におけるイノベーション研究、政治学における選挙予測研究、社会学における流行・トレンド研究など、複数の分野で参照される基礎的な議論として位置づけられている。