3行でいうと

  • 生成AIは代替でも魔法でもなく、協働する「同僚」として扱う
  • AIの得意・不得意の境目はぎざぎざで、試して確かめるしかない
  • AIは常に使い、人間が最終判断を持ち、今日が最も低性能と考える

向いている人

生成AIを仕事や学びにどう取り入れるか知りたい、専門知識のない社会人や教育関係者に向きます。

読む意味

ツールの操作説明ではなく、AIとの付き合い方の基本姿勢を実験の結果とともに学べます。自分の仕事のどこでAIが役立つかを試す出発点になります。

読むときの注意

ツールの性能に関する記述は刊行後に急速に古くなりうる、と書評は述べています。AIにすでに詳しい読者には目新しさが少ない入門書にとどまる、という指摘もあります。

どんな本か

ペンシルベニア大学ウォートン校の教授で、AIとイノベーションを研究するイーサン・モリックが、2024年に書いた本です。著者はニュースレターなどで、ChatGPTのような大規模言語モデル(文章を生み出すAI)を仕事や教育に取り入れる実験を早くから発信してきました。本書はその知見をまとめ、AIを人間の代わりでも万能の魔法でもない「同僚」として捉え、長所と予測しにくい欠点を理解したうえで使いこなすことを勧めています。

中心になるのは、AIの能力が分野や難しさに応じてなめらかに変わるのではなく、ある仕事では専門家をしのぎ、似た難しさの別の仕事では大きく失敗する、という「ぎざぎざの境界線」の考え方です。境目は事前に分からないので、実際に試す姿勢が大切だと述べます。そのうえで、AIを常に仕事に招き入れる、人間が輪の中に残って確認する、役割や人物像を伝えて人のように扱う、今のAIは最も性能が低い状態だと考える、という4つの原則を示します。

後半では、コンサルタントを対象にした大規模な実験、教育でのAI活用、創造性、医療や法律などの専門職、個人へのコーチングといった応用を取り上げます。同時に、仕事の「意味」が薄れる危険や、何が事実かという社会の合意が崩れる可能性にも触れており、技術をほめるだけの本ではありません。

中身の柱

あわせて読む本

書評データベースの全文を読む

概要

『Co-Intelligence 生成AIと共に働き、学び、生きる方法』は、ペンシルベニア大学ウォートン校の教授で、AIと起業・イノベーションの研究者であるイーサン・モリックが2024年に発表した著作。著者は自身のニュースレター「One Useful Thing」で早くからChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)を教育・仕事に統合する実験的な試みを発信してきた実践派の研究者であり、本書はその知見を体系化したものである。著者はハーバード大学を優等(magna cum laude)で卒業した後、MITスローン経営大学院でMBA(2004年)、経営学博士号(2010年、指導教員エズラ・ザッカーマン)を取得した経歴を持ち、現在はウォートン校の准教授として起業論・イノベーション論・新興テクノロジーとビジネスの関係を教えるとともに、妻でありやはり教育工学の研究者であるライラック・モリックとともにウォートン校の「生成AIラボ(Generative AI Labs)」を共同で率いている。AI以前の研究業績としては、ビデオゲーム産業がビジネスのあり方を変容させるという主題を扱った共著書『Changing the Game: How Videogames are Transforming the Business World』(2008年、デイビッド・エダリーとの共著)があり、クラウドファンディングや組織におけるイノベーションの普及過程に関する学術研究でも知られる。こうした実績が評価され、著者は2024年にTIME誌の「AI分野で最も影響力のある100人」に選出されたほか、Poets & Quants誌による「今年のMBA教授賞」も受賞している。本書の核となる主張は、生成AIを「人間の代替」でも「万能の魔法」でもなく、人間と協働する「同僚(co-intelligence)」として捉え、その特性(驚異的な能力の幅と同時に存在する予測不能な欠陥)を正しく理解した上で実践的に使いこなすべきだというものである。抽象的なAI論ではなく、著者自身が数百時間かけて行った実験や大学での実践に基づく、極めて具体的で行動指向の内容が特徴。

本の構成

本書は序論とともに複数の章で構成される。序盤ではAI(特にLLM)の技術的な仕組みと、それが人間の知的活動にとって前例のない存在である理由を解説する。中盤では、AIとの協働に関する4つの基本原則(常にAIを使う/人間を輪の中に保つ/自分自身であるように扱う/そのAIは今日が最も性能が低い日であると想定する、という趣旨の原則)を提示し、AIを「同僚」「実習生」「共同創作者」など複数の役割になぞらえて使い分ける枠組みを提案する。後半では、AIが仕事・創造性・教育・専門職(医療・法律・コンサルティングなど)に与える具体的な影響を分野ごとに掘り下げ、終盤では人間の強みとは何か、AIとの共生時代に人間性をどう保つかという、より長期的・哲学的な問いに議論を広げる。英語圏の書評では、本書は独立したエッセイのように読める9つの章から成るとも評され、大きくは前半(LLMの仕組み、AIの「アライメント問題」、AI活用の4原則)と後半(創造性・職場・教育・個人へのコーチングといった応用領域)の2部構成として整理されることが多い。原著はPortfolio(Penguin Random House傘下)より2024年4月に刊行され、ハードカバー版で256ページ。

主要な内容

本書が提示する最重要概念のひとつが「ジャギッド・フロンティア(Jagged Frontier、ぎざぎざの境界線)」である。これは、AIの能力が人間の直感とは裏腹に、分野や課題の難易度に応じてなめらかに変化するのではなく、ある種のタスクでは人間の専門家を凌駕する一方、一見同程度の難易度に見える別のタスクでは著しく失敗するという、予測困難でギザギザした能力分布を指す。この境界線の位置は使用者にとって事前に自明ではないため、著者は「実際に試してみる」実験的姿勢の重要性を強調する。

著者が提示するAI活用の4原則は次の通りである。第一に「常にAIを招き入れる(Always invite AI to the table)」——あらゆる業務でまず試しにAIに取り組ませてみることを習慣化する。著者は原文で"You don't know what AI is good for or bad for inside your job or your industry. Nobody knows."(自分の仕事や業界の中でAIが何に向いていて何に向いていないかは、誰にも分かっていない)と述べ、判断を留保せずまず試すことの重要性を強調する。第二に「人間を輪の中に保つ(Be the human in the loop)」——AIの出力を無批判に受け入れず、人間が最終判断・検証を行う責任を保持する。第三に「AIを人間のように扱う、ただし正体を伝える(Treat AI like a person, but tell it what kind of person it is)」——ペルソナや役割を与えるプロンプト設計が出力品質を大きく左右するとし、例えば「あなたはインドで働く敏腕マーケティングマネージャーだ」といった具体的な人物設定を与えることで、AIの応答が異なる「思考の構え」に入り、より的確な出力が得られると説明する(原文では"will put it in a different headspace"と表現される)。第四に「今日のAIが最も性能が低いと想定する(Assume this is the worst AI you will ever use)」——技術の進化速度が極めて速いため、現在の限界を将来の限界と混同しないという原則である。さらに著者は、これら4原則を実践に移す前提として「AIとの協働に習熟するには最低でも10時間程度、実際に手を動かして試行錯誤する必要がある(いわゆる『10時間ルール』)」と述べ、最初のぎこちなさや戸惑いを乗り越えるまで使い続けることの重要性を強調している。

本書はまた、AIとの協働モデルを複数提示する。「センターオート(Centaur)」モデルでは、人間とAIがタスクを明確に分担する(チェスのケンタウロス、すなわち人間とコンピュータが役割分担しながら共闘するモデルに由来)。一方「サイボーグ(Cyborg)」モデルでは、人間とAIの作業が文章の一文単位、思考の一部単位で緊密に融合し、どちらが何を担ったか判然としないほど統合される。著者はどちらのモデルも状況に応じて有効であるとし、単純作業の外部委託(センタウロス的)と、創造的な共同作業(サイボーグ的)を使い分ける実践知を提供する。

教育への影響については、著者はAIが宿題や試験という従来の評価手法を無効化しつつある現状を率直に認めつつ、AIを教育から排除するのではなく、AIを前提とした新しい学習設計(AIを個別指導教師として活用する、批判的にAI出力を検証させる課題を設計するなど)への転換を提言する。この教育論の土台には、著者が教育工学の研究者である妻ライラック・モリックと共同発表した学術論文「Assigning AI: Seven Approaches for Students, with Prompts」(2023年)や「Using AI to Implement Effective Teaching Strategies in Classrooms: Five Strategies, Including Prompts」(2023年)があり、AIを課題内で禁止する、部分的に許可する、共同制作者として組み込む、家庭教師として使わせるなど、教員が取りうる複数のAI活用方針を具体的なプロンプト例とともに整理した実務的な枠組みが本書にも反映されている。専門職への影響では、コンサルティング企業BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)がハーバード大学等と共同で実施した大規模実証実験(コンサルタントがAIを使った場合と使わなかった場合の生産性比較)の結果を引用し、AI活用によってタスクの種類によっては生産性が大幅に向上する一方、ジャギッド・フロンティアの外側にあるタスクでは逆に成果の質が低下するリスクがあることを示す。

創造性については、AIが人間の創造的作業を代替するのではなく「アイデアの初期発散」を加速させるブレインストーミングのパートナーとして機能する可能性を論じ、著者自身の実験(AIに大量のビジネスアイデアを生成させ、そのオリジナリティと質を評価する実験など)を紹介する。

アライメント問題と日常的な誤作動(主要な内容)

本書はAI安全性研究の中心概念である「アライメント問題」(AIシステムの目的や出力を人間の意図・価値観と一致させることの難しさ)を、専門家だけの理論的課題としてではなく、一般ユーザーが日常的に体験する問題として捉え直している点が特徴的である。すなわち、AIに指示を与えてもその意図が微妙にずれて解釈されたり、もっともらしい誤答(ハルシネーション)が返ってきたりする現象は、規模の小さな「アライメント問題」の顕在化であるとし、ユーザー自身がプロンプトの明確化や検証を通じてこのズレを継続的に修正していく姿勢が必要だと説く。

個人へのコーチングとしての活用(主要な内容)

本書後半では、AIを組織的な業務効率化の手段としてだけでなく、個人のキャリア相談や意思決定の壁打ち相手、習慣形成のコーチとして活用する具体的な方法にも紙幅が割かれている。著者は、AIに反対意見をあえて述べさせる「悪魔の代弁者(devil's advocate)」役を担わせることで、自分の考えの盲点に気づく実践や、AIとの対話を通じて自身のキャリア上の選択肢を言語化する使い方を提案しており、組織論にとどまらない個人レベルでの応用可能性を示している。

具体例

本書には多くの実証的事例が登場する。著者自身がウォートン校のMBA授業でChatGPTを課題に組み込み、学生に「AIと協働してビジネスプランを作成する」課題を課した実践例、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の現役コンサルタント758人(個人貢献者クラスの社員の約7%に相当)を対象に、ハーバード・ビジネス・スクール、MIT、ウォートン校などの研究者(ファブリツィオ・デラックア、エドワード・マクフォーランド3世、イーサン・モリック、ヒラ・リフシッツ=アサフ、キャサリン・ケロッグらが名を連ねる)が共同で実施した論文「Navigating the Jagged Technological Frontier」(2023年、SSRN掲載後にOrganization Science誌に採録)の詳細な結果、すなわちGPT-4へのアクセスを与えられたコンサルタントは平均してタスク完了数が12.2%増加し、作業速度も25.1%向上、成果物の質は統制群に比べ40%以上高くなった一方、能力の低い層ほど改善幅が大きく(下位層で43%向上、上位層でも17%向上)、他方でAIの能力の及ばない「フロンティアの外側」にあるタスクではAIを使ったコンサルタントの正答率がAIを使わなかった群より19ポイントも低下したという逆転現象が観察されたこと、この実験を通じて人間とAIの協働様式を「センタウロス(役割分担型)」と「サイボーグ(統合型)」に分類する枠組みが提示されたこと、医師の診断支援におけるAIの活用実験、法律分野でAIが契約書レビューや判例調査を効率化する一方で、実際の訴訟でAIが存在しない判例を「幻覚(ハルシネーション)」として生成し弁護士が処分を受けた実例なども言及される。また著者は、AIに創作をさせる実験として、AIに大量の新しいアイスクリームのフレーバーのアイデアを出させ、専門家の審査員がAI案と人間案を区別できるかを検証する実験なども紹介している。さらに、ケニアの中小企業経営者を対象にGPT-4による経営アドバイスの効果を検証したニコラス・オーティスらの研究(「The Uneven Impact of Generative Artificial Intelligence on Entrepreneurial Performance」、Management Science誌)も引用されており、もともと業績上位だった起業家はAIの助言によって利益率が約18%改善した一方、業績下位の起業家ではむしろ助言が悪影響を及ぼした例も報告されるなど、AIの効果が一様ではなく利用者の既存スキルによって左右される「不均一な効果」を示す実証例としても言及されている。

実践への応用

本書はビジネスパーソン・教育者・専門職それぞれに直接応用可能な指針を提供する。ビジネス実務では、日常業務の中でまず生成AIに下書き・要約・アイデア出しを依頼し、その出力を人間が検証・修正するワークフローを標準化すること、そして自部門のどの業務がジャギッド・フロンティアの内側(AIが得意)にあり、どこが外側(AIが不得意)にあるかを実験的に把握するプロセスの導入が推奨される。マネジメント層には、AI活用のガイドラインとして「使うことを前提にしつつ最終責任は人間が持つ」体制の構築が示唆される。教育者には、AIの存在を前提とした課題設計(AIとの共同制作を評価する、批判的検証プロセスを課題に組み込む)への移行が提言される。著者自身、自らのウォートン校での起業論の課題を「AIを使うことを前提に、実現不可能に思えるほど野心的な目標を掲げよ」という方針に作り替え、プログラミング未経験の学生に実際に動作するアプリの開発を、デザイン未経験の学生にプロトタイプのウェブサイト制作を課すといった、AI活用を前提とした課題再設計を実践している。こうした発想の背景には、教育心理学者ベンジャミン・ブルームが提唱した「2シグマ問題」(個別指導を受けた生徒は通常の一斉授業を受けた生徒より平均で標準偏差2つ分成績が高くなるという知見)があり、著者はAIが個別指導(チュータリング)を安価に大規模化し、これまで一部の富裕層しか受けられなかった1対1指導の恩恵を広く民主化しうる存在として位置づけている。個人のキャリア形成においては、AIに代替されにくい能力(判断力、対人関係、倫理的検証、AIの出力を評価する目)を意図的に磨くことの重要性が示されている。

位置づけ・評価

本書は2024年の刊行直後からニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに入り、生成AI時代における実務書として広く読まれた。著者イーサン・モリックは学術研究者でありながら実務家的な発信力を持つ稀有な存在として知られ、「ジャギッド・フロンティア」の概念はAI業界で広く引用される用語となった。理論偏重になりがちなAI論と、実践に乏しいノウハウ本の両極端を避け、実証実験に基づく中庸的でバランスの取れた提言を行っている点が評価される一方、生成AIの進化速度が極めて速いため、具体的なツールの性能に関する記述は刊行後も急速に陳腐化しうるという性質を持つ。書評ブログの一部では、AI技術に既に精通している読者にとっては目新しさに乏しい「表層的な入門書」にとどまるという指摘もあり、あくまで一般読者・非専門家向けの導入書としての性格が強いことが留保点として挙げられている。他方で本書は、AIによる自動化が仕事の「意味」そのものを空洞化させる危険性、たとえば推薦状の作成をAIに任せることが、本来人間同士の信頼や労力の証であった行為を単なるボタン操作に還元してしまうという「意味の危機(crisis of meaning)」の議論や、生成AIの普及によって「何が事実か」についての社会的な合意形成そのものが急速に崩れていく可能性への警鐘など、技術の実務的な活用法にとどまらない、やや悲観的な社会的含意にも紙幅を割いており、単純な技術礼賛の書ではない点も特徴として挙げられる。ムスタファ・スレイマンの『The Coming Wave』が技術・地政学的なマクロリスクに焦点を当てるのに対し、本書はより個人・組織レベルでの「今日から使える」実務的知見に重心を置いている点で対照的であり、両書を併読することでAI時代のマクロとミクロ双方の視座を得られる構成になっている。著者イーサン・モリックが2022年から執筆しているSubstack上のニューズレター「One Useful Thing」は、生成AIの実務活用について早くから発信してきたことで知られ、2020年代半ば時点で購読者数30万人超に達したと報じられており、本書はこのニューズレターで培われた知見と読者からのフィードバックを土台に書き下ろされた側面が強い。